風俗嬢

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風俗嬢(ふうぞくじょう)とは、風俗店に勤務し性的サービスを提供する女性従業員の俗称。ニューハーフも含める場合がある。

概説[編集]

業態別にソープランドなどでは「ソープ嬢[1]」「泡姫」、ファッションヘルスデリバリーヘルスなどでは「ヘルス嬢」「デリヘル嬢」、SM業界においては 「SM嬢」などと呼ばれる。単に「コンパニオン」や「キャスト」などと呼ばれることもある[1]。求人広告や店内の掲示物などでは用いられない呼称であり、女子従業員は「コンパニオン」「社交」などと表記される。逆に風俗情報誌など客の立場からは「姫」(ソープランド嬢の場合「泡姫」)とも呼ばれる。

かつて娼婦遊女などと呼ばれてきた職業としての売春婦は現代日本では法的に禁止されている存在であり、サービスとして膣性交を行わない風俗嬢も多く、風俗嬢イコール売春婦とはいえない。風俗嬢からAV女優になったり、逆にAV女優から風俗嬢に転身したりといった業種間交流が盛んである(兼務の場合もある)。風俗嬢にとっては、アダルトビデオ出演は良い宣伝になる。

性風俗産業に従事していることは社会規範に照らすと好ましく思われないことも多く、彼氏や知人や家族などに知られること(いわゆる「顔バレ」「親バレ」など)を避けるために、雑誌や店のウェブサイトに詳しいプロフィールを載せない、顔を載せていない(いわゆる「顔出しNG」)、上記のような積極的な宣伝行為に参加しない風俗嬢も多くいる。

最近、風俗嬢を労働者として積極的にとらえ、「風俗ユニオン」などの労働組合に組織しようとする動きもある。

動機と現状[編集]

風俗嬢となるきっかけは、週3日の勤務で月収30万円程度になること[2] から、収入が大きいという理由が多い。最も多い理由は「贅沢な生活をしたい」「生活費のため」という理由で、全体の60%の風俗嬢がこの理由である[2]。ただし、その生活に慣れてしまい、ほかの職業に就こうと考えても、収入が減少することを理由に躊躇するケースもある[3]。一般的にイメージされる「多額の借金を返済する」という理由は、実際には30%程度であるという。中には20万円から30万円程度の借金で風俗嬢になることを決めた例もある[2]。また、恋人ホストに貢ぐためという理由が全体の9%程度あるという[2]。このほか、SMクラブでは「趣味を楽しんだ上にお金が稼げる」という理由や[2]、「自分の価値を試したい」という理由がきっかけという風俗嬢もいる[2]

ただし、これらの理由について客から質問をされることは、「上から目線で好奇の目で見られていると感じる」という理由から、風俗嬢にとっては好ましくない質問のトップでもあるという[2]

リーマン・ショック以降、性風俗のデフレ化が進み、風俗業界の単価が下がっただけでなく客数も減少し、需要と供給のバランスが崩れ、収入が毎日働いて月15万円という例もある[4]。かつては、風俗で働けば借金も完済でき、そこそこ優雅な暮らしを送れたものだったが、デフレにより客単価が大きく下がった今、専業、副業を問わず風俗嬢という職業は、もはや女性のセーフティネットとして機能しなくなったとも言われる[5]

感情労働者として[編集]

風俗嬢の仕事は肉体労働であると同時に、感情労働の要素も強い。感情労働とは社会学者のホックシールド(Arlie Russell Hochschild)が提唱した労働のあり方で、相手に感謝や安心の気持ちを引き起こすために、「公的に観察可能な表情や身体的表現をつくるために行う感情の管理」と定義される。

風俗嬢やホステスのような「ヒューマン・サービス」では、客の心を満たす為に、親しみを感じさせる言動や振る舞いをする。しかしサービスを提供する側も人間であるため、マナーを知らない客に苛立ったり、悲しんだりすることも当たり前にある。そうした負の感情を制し、様々な客に対していかに臨機応変に接することができるか、という点が感情を制御して労働している状態ということになる。このような労働は高度になるほど、一時の感情に振り回されず冷静に対応することが求められる。

感情労働が求められる職場では、過剰適応の状態が続くため注意が必要である。過剰適応とは、自分の気持ちを押し殺して相手に合わせる心理状態のことを指す。一見うまくいっているように見えても、内面的には全く良くない状態がつづけば、抑うつ傾向が高くなるなどメンタルヘルスにマイナスの影響が出る。過剰適応を改善するには、アサーティブな自己表現が有効とされる。アサーティブな自己表現には、自分も他人も許す、自分の感情も他人の感情も大事にする心掛け、折り合いをつける、過剰な要求は断る、などの考え方がある。

歴史[編集]

  • 1930年代 - 廃娼運動の成果として公娼制度に対する批判意識が強まり、廃娼論が政府内でもかつてないほど高揚した反面、私娼の増加や氾濫が社会現象となり、この時期に新たなる性風俗産業の1つとしてカフェーが台頭した。実質的人身取引、前借金による年期契約に縛られる芸娼妓とは異なり、カフェーで働く女給には契約証や前借金が存在せず、生活に困窮する女性には手軽に従事することのできる高給な職として受け入れられ、男性客からは「自由意志」による疑似恋愛気分を体験できるとして人気を博した[6]
  • 1946年 GHQの指導により遊女が禁止。戦前までは、遊女の項目を参照。
  • 1947年 - 1958年 遊女が禁止された後、ダンサーパンパンが出現し、公然と売春行為が問題化、赤線地域の治安悪化が大きく社会問題として扱われ、多く新聞やラジオ等のメディアが多く扱うようになる。
  • 1958年 - 1965年 売春防止法が成立。多くの娼館が料亭、カフェーへと姿を変え、隠れて売春する若い女性が出現し、問題化。公安委員会が一斉捜査を行い、20代から30代の女性(36,000人)、未成年の少女(14 - 19歳)を保護。婦人補導院女子少年院感化院に送致。ピンクサロンも出現し、多様化する。
  • 1966年 - 1977年 トルコ風呂(現在のソープランド)、ノーパン喫茶が京都に出現し、ブームになる。
  • 1978年 - 1989年 ダイヤルQ2テレクラが出現し、ブームになったものの問題が起きやすくなる。新宿歌舞伎町ラブホテル連続殺人事件が発生。
  • 1990年 - 2001年 出会い系サイト援助交際が出現、発生し、問題化。家出少女が多く発生するようになる。
  • 2002年 - 2011年 出会い喫茶が出現する。未成年の少女の利用が問題化する。

有名な風俗嬢[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b あわや国際問題 トルコ風呂からソープランドに名称変更をした事情” (日本語). ライブドアニュース. 2020年4月29日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g ミリオン出版『俺の旅』2010年12月号(通巻63号) p87
  3. ^ ミリオン出版『俺の旅』2010年12月号(通巻63号) p86
  4. ^ 「格安デリヘル」に流れ着いた25歳女性の現実 | 貧困に喘ぐ女性の現実” (日本語). 東洋経済オンライン (2016年4月27日). 2020年4月29日閲覧。
  5. ^ 風俗嬢にもデフレの寒風「18歳でも客が付かず40歳で路頭に迷う」”. ダイヤモンド・オンライン. 2020年4月29日閲覧。
  6. ^ 寺澤ゆう「1930 年代のカフェーにみる性風俗産業界 : 動揺の裏側にある女給の労働実態」『  立命館大学人文科学研究所紀要』第103巻、立命館大学人文科学研究所、2014年2月、 113-140頁。

関連項目[編集]