飯島忠夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

飯島 忠夫(いいじま ただお、1875年2月3日 - 1954年9月27日)は、東洋史学者。

長野県松代町(現長野市)出身。小学校卒業後、母校で雇として教えるかたわら、旧松代藩上級藩士長谷川昭道に漢学を師事、1901年上京し旧制錦城中学に編入、翌年卒業、臨時お茶の水第一教員養成所に入り、1904年卒業し学習院中等科教授[1]、37年まで務めた。東京帝国大学選科修了。帝大では上田万年に師事した。1929年「支那古代史論」で東京帝大文学博士。中国古代史、暦法研究のほか[2]、郷土の人物として佐久間象山も研究した。

著書[編集]

  • 『支那古代史論』東洋文庫論叢 1925
  • 『支那暦法起原考』岡書院 1930
  • 『支那の暦法』東亜研究講座 東亜研究会 1931
  • 易経研究』信濃教育会 1932
  • 孝経講話 聖典講義』日本放送出版協会 1934
  • 左伝釈義』弘道館 1934
  • 『皇道思想の覚醒』日本文化協会出版部 日本文化小輯 1935
  • 中朝事実講話』章華社 1935
  • 論語講義』信濃教育会下伊那部会 1936
  • 『日本の儒教』国体の本義解説叢書 教学局 1937
  • 『象山佐久間先生』象山神社奉賛会 1938
  • 近思録』大東出版社 1939
  • 『支那古代史と天文学』恒星社 1939
  • 『天文暦法と陰陽五行説』恒星社 1939
  • 『長谷川昭道の皇道述義』日本精神叢書 教学局 1939
  • 『佐久間象山の省諐録』日本精神叢書 内閣印刷局 1940
  • 『古代世界文化と儒教』中文館書店 東洋学芸叢刊 1946
  • 『日本上古史論』中文館書店 1947
  • 飯島忠夫著作集』全4巻 第一書房
1 支那古代史論 補訂 1980
2 支那暦法起源考 1979
3 支那古代史と天文学 1982
4 天文暦法と陰陽五行説 1979

共著編[編集]

  • 『新観大学中庸宇野哲人共著 三省堂 支那哲学思想叢書 1931
  • 『新定論語・孟子鈔』編 日本大学出版部 1933
  • 『漢籍を語る叢書 第9巻』「近思録」飯島忠夫「伝習録」山田準 大東出版社 1935
  • 『杜詩索引』福田福一郎共編 松雲堂書店 1935
  • 『長谷川昭道伝』訂再版 編 信濃教育会埴科部会 1935

訳・校訂[編集]

  • 『道教聖典』小柳司気太共訳 世界聖典全集 世界文庫刊行会 1923 心交社で復刊
  • 西川如見『町人嚢・百姓嚢長崎夜話草』西川忠幸共校訂 岩波文庫 1942
  • 佐久間象山『省諐録』訳註 岩波文庫 1944
  • 西川如見『日本水土考・水土解弁・増補華夷通商考』西川忠幸共校訂 岩波文庫 1944

[編集]

  1. ^ 「博士になった飯島忠夫氏」『天界』1929-12-25
  2. ^ 日本人名大辞典

出典[編集]

  • 『日本人名大辞典』2009年、講談社