飯島正治

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飯島 正治(いいじま まさじ[1] / しょうじ[2]文久元年5月22日[3]1861年6月29日) - 大正11年(1922年7月24日[2])は、日本の実業家、政治家。衆議院議員は雪州。

来歴[編集]

信濃国更級郡今井村(現長野県長野市)の旧家に生まれる。更級郡書記を経て、明治23年(1890年)以後同郡会議員、長野県会議員となり、同31年(1898年)第5回衆議院議員総選挙に初当選した。

実業家としては明治21年(1888年)信濃銀行、同30年(1897年)長野農工銀行の設立に参画し、同31年(1898年)長野新聞を発刊、同36年(1903年)信濃電気を創立した。明治31年(1898年)には第六十三国立銀行の二代目頭取に就任し、堅実経営により、支店網の拡充や小規模銀行の合同を進め、県下有数の銀行に発展させるなど、長野県の実業界の多方面に活躍した。大正10年(1921年)に頭取を退任。

脚注[編集]

  1. ^ 『長野県歴史人物大事典』40頁。
  2. ^ a b 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』49頁。
  3. ^ 『人事興信録 第3版』い102頁。

出典[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第3版』人事興信所、1911年。
  • 『信濃人物誌』1965年。
  • 『長野県歴史人物大事典』郷土出版社、1989年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。