飯田庸太郎

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飯田 庸太郎(いいだ ようたろう、1920年大正9年)2月25日 - 2002年平成14年)9月9日)は日本の実業家、元三菱重工業社長・会長。元経済団体連合会副会長。三重県出身。

略歴[編集]

  • 1943年(昭和18年) - 東京帝国大学第一工学部卒業、三菱重工業に入社。原動機第一技術部長などを歴任。
  • 1977年(昭和52年) - 同社代表取締役に就任。
  • 1981年(昭和56年) - 同社代表取締役常務に就任。
  • 1983年(昭和58年) - 同社代表取締役副社長に就任。
  • 1985年(昭和60年) - 同社代表取締役社長に就任。
  • 1989年(平成元年) - 同社代表取締役会長に就任。
  • 1990年(平成2年) - 経済団体連合会副会長に就任。
  • 1994年(平成6年) - 行政改革委員会委員長に就任。
  • 2002年(平成14年)9月9日 - 心不全のため、横浜市港北区の病院で死去、82歳。
  • その他、三菱原子燃料三菱自動車工業・新菱重機・日本鋳鍛鋼各取締役、日本原燃産業監査役などを歴任した。

参考文献[編集]

  • 交詢社 第69版 『日本紳士録』 1986年


  1. ^ 岩井良太郎『日本コンツェルン全書3:三菱コンツェルン読本』(1937年、春秋社国立国会図書館)、渋沢栄一記念財団『渋沢社史データベース』、野村インベスター・リレーションズ『三菱重工業の歴史』、他。1950年までで社長が明らかでないか不在の場合は、三菱財閥総帥もしくは三菱重工業会長、もしくは長崎造船所所長または支配人を含むか、或いは併記する。