養父神社

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養父神社
Yabu-Jinjya haiden Yabu Hyogo.jpg
拝殿
所在地 兵庫県養父市養父市場840
位置 北緯35度23分14.6秒
東経134度48分13.7秒
座標: 北緯35度23分14.6秒 東経134度48分13.7秒
主祭神 倉稲魂命
大己貴命
少彦名命
谿羽道主命
船帆足尼命
社格 式内社名神大
但馬国三宮
県社
創建 (伝)崇神天皇30年
本殿の様式 入母屋造檜皮葺
例祭 10月10日
主な神事 お走り祭り(4月第3日曜日とその前日)
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鳥居・手水舎

養父神社(やぶじんじゃ)は、兵庫県養父市にある神社但馬国三宮式内社名神大社)で、旧社格県社

「養父の明神さん」と呼ばれ、農業の神として知られる。養父神社のある養父市場は古くから但馬牛の牛市の中心地であり、現在でも近隣の大藪で但馬牛のせり市が開かれている。

祭神[編集]

現在は以下の5座とされている。

江戸時代に編纂された地誌『但馬考』にはかつて弥高山の山頂にあったとされる上社に大己貴命、中腹の中社に倉稲魂命と少彦名命、現社地である下社に谿羽道主命を祀るとの記述がある。『特選神名牒』では大己貴命以外の4座を不詳としている。昭和3年(1928年)発行の『養父郡誌』では上社が保食神五十猛神、中社が少彦名命、下社が谿羽道主命と船帆足尼命としている[1]


歴史[編集]

崇神天皇30年創祀と伝えられ、天平9年(737年)の『但馬国税正帳』にも出石神社粟鹿神社とともにその名が見える。

神階は承和12年(845年)に従五位下を授けられ(『続日本後紀』)、貞観11年(869年)に正五位下、同16年(874年)に正五位上まで昇叙した(『日本三代実録』)。『延喜式神名帳』には「夜夫坐神社五座(名神大二座小三座)」との記載がある。[1]

江戸時代は、神仏習合して「水谷山 普賢寺」と呼ばれ、満福寺別当寺院であり、神前に般若心経が奉読されていた[2]

祭事[編集]

文化財[編集]

  • 兵庫県教育委員会は2010年3月22日に本殿・拝殿・摂社山野口神社本殿、摂社五社神社本殿の4棟の建造物を兵庫県登録有形文化財に登録された。共に江戸時代後期から末期までに建造されたものである[3]

近隣[編集]

  • 大藪古墳群
  • ほたるの里
  • 満福寺 - 「但馬の高野山」と呼ばれる名刹

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『日本の神々(7)山陰』331頁
  2. ^ 『但馬高野 満福寺・真言宗の教えと陽明学』明楽弘信著、111頁
  3. ^ 養父市のまちの文化財(養父神社)

参考文献[編集]

  • 谷川健一編 『日本の神々 神社と聖地 7 山陰』(新装復刊) 2000年 白水社 ISBN 978-4-560-02507-9
  • 『式内社調査報告』第19巻 山陰道2、皇學館大學出版部、昭和59年
  • 『兵庫縣神社誌』下巻(兵庫縣神職會刊行、昭和13年の復刻)、臨川書店、昭和59年ISBN 4-653-01102-8

関連項目[編集]