香川大学教育学部附属高松中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
香川大学教育学部附属高松中学校
[[ファイル: https://msp.c.yimg.jp/images/v2/FUTi93tXq405grZVGgDqG9QFZyH83VAEx3oDwqccaGFOstWh0MXJUGhqk8Fu9eeL1NC0ku0BlIfFZtcOXG_BdV5AIkF5ufravNJxcETSXVSuIhSg6Ta_qci9OUmWJlK-iVI7VXhjl7kHIWNASu_1i4pGrGRSRKB8K2Jm1jvCrf8q1GWpS9_EUPvuLVQvuOeD/img_mv_001.jpg?errorImage=false ]]
過去の名称 香川県師範学校附属小学校高等科
香川師範学校男子部附属国民学校高等科
香川師範学校男子部附属中学校
香川大学香川師範学校附属高松中学校
香川大学学芸学部附属高松中学校
国公私立 国立学校
設置者 香川大学
設立年月日 1947年
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 761-8082
香川県高松市鹿角町字上所394番地

北緯34度17分58秒 東経134度1分57秒 / 北緯34.29944度 東経134.03250度 / 34.29944; 134.03250座標: 北緯34度17分58秒 東経134度1分57秒 / 北緯34.29944度 東経134.03250度 / 34.29944; 134.03250
外部リンク 公式サイト
プロジェクト:学校/中学校テンプレート
テンプレートを表示

香川大学教育学部附属高松中学校(かがわだいがくきょういくがくぶふぞくたかまつちゅうがっこう ,Takamatsu Junior High School Attached to the Faculty of Education, Kagawa University )は、香川県高松市に所在する香川大学教育学部附属の国立中学校。文部科学省研究開発学校の指定を受ける。全日本教育工学研究誕生の地としても知られる。

沿革[編集]

昭和20年の敗戦後我が国の教育は戦前の制度を根底から改め、いわゆる、6-3-3-4制の学校教育制度が制定されることになった。香川師範学校男子部においても、当然のことにこの制度の下で附属学校を設立することになった。しかし、附属中学校の新設は、校地、校舎の問題にはじまり、困難を極めるものであった。初代主事としてこの問題に直面した本間九郎教授は東奔西走し、赤松孝太郎教頭、入倉正夫訓導等の助力も得て、やがて開校の扉を開いたのである。この開校には戦前の附属小学校の卒業生である細谷宗次郎氏が大きく貢献してくれた。それは、戦前営業をしていた池田屋ビルを提供してくれたことである。1947年(昭和22年)4月1日香川師範学校男子部附属高松中学校の開校式が池田屋の屋上で執り行われた。生徒111名、本間主事は日本の復興と社会に役立つ人間が育つように努力することを説き聞かせた。ここに現香川大学教育学部附属高松中学校の原点があったのである。1948年(昭和23年)4月10日、附属小学校第1期工事が完了し、附属小学校は移転を終えた。同22日、附属中学校も池田屋ビルからこの附属小学校の新校舎に移転し、附属小学校と同居することになった。同年12月には池田屋ビルにて、香川師範学校男子部附属国民学校復興後援会設立準備委員会が開催されている。戦後の混乱の中、なかなか学習に集中できない面もあったが、徐々に平静を取り戻し、学習に集中するようになった。高校への進学は全員進学の実績をあげ、多くの生徒が高校から東京や大阪、京都の大学へ進んでいった。これらの生徒の中には、米国、英国、フランス、ドイツなどの大学へ留学するものもあり、後に大学教授、弁護士、中央官庁の官吏、銀行その他の企業の重役になった者も数多くいる。

著名な卒業生[編集]

政治
官界
  • 金森越哉(元文科省官僚,東京歯科大学理事)
  • 池田豊人(国土交通省元道路局長)
  • 好井正信(外交官,元参事官)
  • 兼元俊徳(元国際刑事警察機構総裁,内閣情報官)
  • 堀家久靖(元気象庁次長)
  • 渡辺修(元通産事務次官)
学者
実業
法曹
文学
スポーツ・文化・芸能

関連[編集]

↓〔進学実績〕〔概要〕〔教育研究〕〔年間行事〕〔教育目標〕〔特色〕〔組織〕〔出版〕

  • 進学実績

例年120名のうち上位30名前後は灘高校,ラ・サール高校,愛光高校等に合格する。県内では高松高校に80名前後が進学する。高松高校合格者数は県内トップである。

1学年は3クラス120名であり、独自の入学試験を課す。内訳は附属小学校から80名、公立小学校から40名が長く続いていたが、近年は1学年3クラス105名で、附属小学校から70名、公立小学校から35名に移行している。多くの生徒が電車もしくはバス通学をしている。校章は白梅の花弁であり、これは本校建学の精神の象徴として、書道の三聖と称せられ、学問の神とされている菅原道真公の家紋(梅鉢)を表したものであり、かつて校地が菅公をまつった中野天満宮に隣接していたことにもよるものである。校歌は山田耕筰の作曲。校内には、玄関前の日本庭園や、憩いの森がある。

  • 近年の教育研究

文部科学省研究開発指定 (未来志向科 〜平成23年度) (新領域、「創造表現活動」平成27年度〜)

また国際社会の中で異なる文化を理解し、共に生きていける豊かな国際感覚(グローバルマインド)をもった生徒の育成をめざすため、留学生との交流会や共同プロジェクトの開催、タイ国チェンマイ大学附属中学校の生徒とインターネットを使った文化交流会など様々な取組を行っている。さらに同窓会(梅友会)の支援のもと、平成25年度より第2外国語(フランス語)講座を開講している。 (詳しくは学校ホームページ)

  • 年間行事

4月 - 3年沖縄修学旅行(3泊4日),校外学習 5月 - 体育祭 6月 - 研究発表会,生徒総会 7月 - 2年大山宿泊学習(2泊3日) 8月 - OB会,教育実習 9月 - 文化祭,教育実習 10月 - プラム倶楽部 11月 - 合唱コンクール 12月 - 校内弁論大会 1月 - 駅伝大会

自ら立ちつつ 共に生きることを学ぶ,

今日に生きつつ 明日を志すことを学ぶ

自主性を重んじる自由な校風であり、校則は存在しない。また体育祭、文化祭等の学校行事は生徒が運営委員会を組織し、運営に至るまで生徒が行う。授業は移動教室制であり、各教科の教室と研究室が併設されている。また3Fにラウンジが設置されており、生徒の憩いの場となっている。

学園後援会,梅友会,梅風会,洗心会,梅の実会,梅香会

「明解新数学」 「数学ポケット辞典」 「中学校件名標目表」 「セミナーによる個性化教育」 「未来を創造する学び」 「未来志向科で拓く新しい学び」

アクセス[編集]

関連項目[編集]