馬絹

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馬絹
泉福寺
泉福寺
馬絹の位置(神奈川県内)
馬絹
馬絹
馬絹の位置
北緯35度34分45.47秒 東経139度35分54.08秒 / 北緯35.5792972度 東経139.5983556度 / 35.5792972; 139.5983556
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
宮前区
面積
 • 合計 1.023km2
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 15,952人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
216-0035[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

馬絹(まぎぬ)は、川崎市宮前区町名。現行行政地名は馬絹一丁目から六丁目。住居表示実施済み区域[5]。面積は1.023km2[1]郵便番号は216-0035[3]

地理[編集]

宮前区の東部に位置し、多摩丘陵下末吉台地にまたがっている[6]。また、矢上川尻手黒川道路が並行して東西に通っており、その周辺は谷あいとなっている[7]。そして、江戸時代からの街道筋である厚木大山街道と、その新道に当たる国道246号東京・横浜バイパス)も当地を通過している。

馬絹は北端で宮前平宮崎と、東端で梶ケ谷の宮前区域と、南端で野川の宮前区域・東有馬有馬と、西端で小台と接している。これらの町域はすべて宮前区であり、馬絹は区境や市境には接していない。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、馬絹字平台1809番2の地点で21万8000円/m2となっている。[8]

歴史[編集]

当地からは縄文時代弥生時代の遺跡が発掘されている[6]ほか、古墳時代後期に建造され、朝鮮半島の古墳からの影響も受けたと考えられる馬絹古墳も所在している[9]

中世には「馬衣郷」と呼ばれ、「皇国地誌」によれば永禄年間に分割されて馬絹・梶ヶ谷・土橋の3村となったという[10]江戸時代の当地は、天領旗本の遠山氏・川勝氏の三給の地となっていた[11]。村は「武蔵田園簿」(正保期)で452、「旧高旧領取調帳」(明治維新期)で547石と増加しているが、これは畑地の開発によるものと考えられている[6]。農作物としてはコメや麦、雑穀などが作られた[6]が、幕末にはの栽培も行われるようになった[11]

町村制の施行時に、馬絹村は周辺町村と合併したが、その村の名称は、合併後の中央部にあった当村の字宮前からとられ、宮前村という名称となった[12]。明治以降も花の栽培は盛んで、大正に入ってから花生産組合も設立されている[11]

昭和に入ってから川崎市に編入されるが、それと前後して軍用地として村の多くが接収された。戦後には軍用地も返還され、農業を再開するところもあったが、その後に多摩田園都市計画が進められ、当地も宅地化が進行していった[13]

地名の由来[編集]

平安時代の当地は勅旨牧であった「石川牧」に含まれ、そのことに由来する呼称である「牧野」(まきの)が転じたものと考えられる[10]。「皇国地誌」には、平将門の乱の際に、興世王が当地に乗馬の衣を落としたことに由来するという説話が引かれているが、これは付会であろうと考えられている[10]

沿革[編集]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
馬絹一丁目 1,883世帯 3,969人
馬絹二丁目 642世帯 1,330人
馬絹三丁目 956世帯 1,935人
馬絹四丁目 2,001世帯 4,707人
馬絹五丁目 811世帯 1,715人
馬絹六丁目 1,249世帯 2,296人
7,542世帯 15,952人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[18][19]

丁目 番地 小学校 中学校
馬絹一丁目 全域 川崎市立宮崎小学校 川崎市立宮崎中学校
馬絹二丁目 全域
馬絹三丁目 全域
馬絹四丁目 全域
馬絹五丁目 全域 川崎市立梶ヶ谷小学校
馬絹六丁目 12~18番
23~29番
その他 川崎市立宮崎小学校

交通[編集]

鉄道[編集]

当地を武蔵野南線が通過し、梶ヶ谷貨物ターミナル駅の敷地の一部が当地にかかっているが、同駅は貨物駅であり、旅客利用はできない。また、域外ではあるが、東急田園都市線宮崎台駅宮前平駅が徒歩圏内に所在する。

バス[編集]

宮前平駅・宮前区役所と武蔵新城駅などを結ぶバス(川崎市バス井田営業所担当)や、宮前平駅・宮前区役所と野川台を結ぶバス(東急バス高津営業所担当)が当地を経由している。

道路[編集]

両者は立体交差している。

施設[編集]

教育施設[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表”. 川崎市. 2018年2月15日閲覧。
  6. ^ a b c d 角川(1974)、P805。
  7. ^ 角川(1974)、P1111。
  8. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  9. ^ 馬絹古墳 川崎市、2011年9月27日閲覧。
  10. ^ a b c 川崎市(2004)、P22。
  11. ^ a b c d 川崎市(2004)、P23。
  12. ^ 角川(1984)、P851。
  13. ^ 川崎市(2004)、P24。
  14. ^ a b 「川崎の町名」日本地名研究所編、川崎市発行、1991年、P196~197。
  15. ^ 町界町名の改正について 川崎市、2013年12月9日現在(2017年8月10日閲覧)。
  16. ^ 馬絹地区住居表示についての「お知らせ」 1・2・3丁目地区にお住まいの方用 (PDF)”. 川崎市 (2016年4月). 2017年5月30日閲覧。
  17. ^ 馬絹地区住居表示についての「お知らせ」 4・5・6丁目地区にお住まいの方用 (PDF)”. 川崎市 (2017年4月). 2017年5月30日閲覧。
  18. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  19. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。

参考文献[編集]