駅家町

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えきやちょう
駅家町
廃止日 1975年2月1日
廃止理由 編入合併
芦品郡駅家町、深安郡加茂町 → 福山市
現在の自治体 福山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
芦品郡
団体コード 34523-7
面積 45.71km2
総人口 20,538
(1974年3月31日)
隣接自治体 福山市、芦品郡新市町、神石郡三和町、深安郡加茂町
町の木 -
町の花 -
駅家町役場
所在地 広島県
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町役場として使われていた建物(旧町章が残されている2010年撮影)

駅家町(えきやちょう)はかつて広島県芦品郡に存在した町である。

1975年2月1日に隣接する深安郡加茂町とともに福山市に編入された。

町名の由来[編集]

奈良時代に町内を山陽道が通っていて、宿駅が設けられていたことに由来する。

沿革[編集]

  • 1889年4月1日 - 市町村制施行。駅家町域には当時いずれも品治郡に属する江良・倉光・戸田・中島・服部・坊寺・万能倉・宜山(むべやま)の各村と深安郡加法村が存在した。
  • 1895年9月21日 - 品治郡戸田村が市町村制施行以前の近田村と戸手村に分かれる。

※戸手村はその後1955年2月1日に芦品郡新市町の一部になり、更に2003年2月3日福山市の一部になった。

  • 1898年10月1日 - 芦田・品治両郡が統合して芦品郡が成立する。
  • 1913年7月1日 - 芦品郡江良村・倉光村・中島村・坊寺村・万能倉村が対等合併して駅家村が成立する。
  • 1947年11月3日 - 町制施行して駅家町(初代)になる。
  • 1955年1月1日 - 芦品郡駅家町(初代)及び近田村・服部村・宜山村(むべやま)が対等合併して駅家町(2代)が成立する。
  • 1956年9月30日 - 深安郡加法村のうち法成寺の大部分(法成寺字鳥越の一部区域のみ深安郡加茂町へ編入)を編入する。
  • 1975年2月1日 - 深安郡加茂町とともに福山市へ編入される。

自然[編集]

河川[編集]

  • 芦田川
  • 吉野川 - 芦田川支流。
  • 服部川 - 芦田川支流。
  • 有地川 - 芦田川支流。

[編集]

  • 蛇円山(標高545.8m)
  • 高増山(標高399.2m)
  • 石槌山(標高275m)

名所・旧跡[編集]

  • 服部大池

産業[編集]

農業が主だが、紡績工場やタイル工場が立地している。

大字(1975年1月31日当時のデータ)[編集]

  • 雨木(あめぎ)
  • 今岡(いまおか)
  • 江良(えら)
  • 大橋(おおはし)
  • 上山守(かみやまもり)
  • 倉光(くらみつ)
  • 下山守(しもやまもり)
  • 助元(すけもと)
  • 近田(ちかた)
  • 中島(なかしま)
  • 新山(にいやま)
  • 服部永谷(はっとりながたに)
  • 服部本郷(はっとりほんごう)
  • 法成寺(ほうじょうじ)
  • 坊寺(ぼうじ)
  • 万能倉(まなぐら)
  • 向永谷(むかいながたに)

交通(1975年1月31日当時のデータ)[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

国道
主要地方道
一般県道

教育(1975年1月31日当時のデータ)[編集]

小学校[編集]

  • 福山市立駅家小学校
  • 福山市立駅家西小学校
  • 福山市立駅家東小学校
  • 福山市立服部小学校
  • 福山市立宜山小学校

中学校[編集]

  • 福山市立駅家中学校
  • 福山市立駅家南中学校

備考[編集]

駅家町が福山市に編入された1975年2月1日には同じ芦品郡に属していた協和村府中市に編入されており、それ以後芦品郡は1郡1町状態が続くことになった( - 2003年2月2日)。

関連項目[編集]