駒越町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
日本 > 青森県 > 弘前市 > 駒越町
駒越町
駒越町の位置(青森県内)
駒越町
駒越町
駒越町の位置
座標: 北緯40度36分28.18秒 東経140度27分12.91秒 / 北緯40.6078278度 東経140.4535861度 / 40.6078278; 140.4535861
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Aomori Prefecture.svg 青森県
市町村 Flag of Hirosaki, Aomori.svg 弘前市
人口 (2017年(平成29年)6月1日現在)[1]
 - 計 195人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 036-8366
市外局番 0172[2]
ナンバープレート 青森

駒越町(こまごしまち)は、江戸期から現在にかけての青森県弘前市の地名。郵便番号は036-8366。2017年6月1日現在の人口は195人、世帯数は91世帯[1]

地理[編集]

青森県道3号弘前岳鰺ケ沢線沿いに位置し、西北から南東にかけて斜めに伸びる町。町域の北部は平岡町、北東部から東部にかけて西大工町、南東部は新町・西大工町、南部は藤代、南西部は河原町、西部は樋の口町に接する。

歴史[編集]

  • 延宝5年 - まだ町名は無く、岩木川に至る賀田道が設けられて、屋敷割りが50軒される(弘前惣御絵図)。
  • 貞享元年 - 延宝2年・天和2年に岩木川で掘替え工事が行われ、岩木川まで町割りが行われる(津軽歴代記類)。
  • 享保4年頃 - 町屋62軒、武家屋敷4軒(町屋数円)
  • 寛政12年 - 当地の南部に百姓町(現:河原町)があり、町屋67軒(分間弘前大絵図)
    • 岩木川越しの村々に通じる町として、当地は江戸期から酒造店・雑貨店・餅屋・魚屋のほかに鍛冶屋・大工などの職人も居住していた。
    • 岩木川の対岸に位置する駒越村(通称「向駒越」現:駒越)との間に岩木川の渡し場があった。
    • 寛政8年3月に菅江真澄が乗ったとされ、舟の形状は将棋の駒型で、綱を引いて渡しているのに乗ったとされる(津可呂の奥)。
    • 舟賃は廃藩置県まで1人2厘、馬牛1疋4厘、御用人馬は無賃。取り扱ったのは船守(弘前明治統一志)。
  • 明治初年 - 戸数124(国誌)
  • 1883年(明治16年) - 岩木橋が架かる(弘前明治統一志)。
  • 明治以降 - 岩木川対岸へ通じる町として、江戸期と変わらず雑貨店・食料品などの商店街として栄える。造酒店もあり、現在も2軒が現存。しかし自動車交通が発達すると、商店街は振るわなくなっていく。
  • 1966年昭和41年) - 城西団地が造成され、町の様相が変化する。

沿革[編集]

  • 江戸期 - 弘前城下の一町。
  • 明治初年〜明治22年 - 弘前を冠称。
  • 1889年(明治22年) - 弘前市に所属。
  • 1967年(昭和42年) - 一部が城西一丁目になる。

施設[編集]

医療[編集]

  • 玉山歯科医院

福祉[編集]

  • 有料老人ホーム城下町

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

大字 番・番地 小学校 中学校
駒越町 全域 弘前市立城西小学校 弘前市立第二中学校

交通[編集]

駒越(弘前駅 - 城西大橋・工業高校経由 - 藤代営業所線、他)停留所。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b オープンデータひろさき 弘前市 町名別人口・世帯数_平成29年” (日本語). ひろさき未来戦略研究センター (2017年6月1日). 2017年6月18日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。

参考文献[編集]

角川日本地名大辞典 2 青森県(角川書店)