駒錦信樹

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駒錦 信樹(こまにしき のぶき、1901年12月2日 - 1964年8月8日[1])は、井筒部屋、千田川部屋(大坂)、出羽海部屋に所属した元力士

来歴[編集]

本名は久川 信樹大阪府大阪市港区出身。173cm、107kg。最高位は西前頭13枚目。

1919年5月井筒部屋より初土俵、1924年1月限りで大坂相撲に移籍、大坂で十両に昇進する。1927年1月の東西合併のときに出羽海部屋に移籍、その場所十両に組みこまれた。幕下と十両の往復が長かったが、1931年1月に新入幕。

春秋園事件に加担し1932年1月脱退(実質的最終場所は1931年10月)した。

成績[編集]

  • 幕内2場所3勝15敗4休
  • 通算30場所102勝105敗13休2預
  • 幕下優勝1回(1929年5月)

改名[編集]

西田山→駒ヶ嶽(1924年5月、大坂にて)→駒錦(1927年1月、東西合併より) [2]

出典 [編集]

  1. ^ http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19310103.htm
  2. ^ 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709