高松琴平電気鉄道2000形電車

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高松琴平電気鉄道2000形電車(たかまつことひらでんきてつどう2000かたでんしゃ)は、高松琴平電気鉄道(琴電)に在籍した通勤形電車制御車

3両 (210,220,230) が存在した。

概要[編集]

2000形230+60形65+850形850+750形760

もと宮城電気鉄道(現在の東日本旅客鉄道仙石線)の木造車サハ301形サハ301 - サハ303である。1926年(大正15年)日本車輌製造東京支店製。1944年(昭和19年)、鉄道省戦時買収される直前に制御車化されてクハ301形クハ301 - クハ303となり、1952年(昭和27年)に廃車となった後に琴電が譲り受けた。

琴電では制御車2000形 (210,220,230) となり琴平線で運用された。

その後の変遷[編集]

230は1957年(昭和32年)に鋼体化改造され、片運転台の制御車となった。側面はバス窓の客用窓を伴った片開き2扉(側面窓配置はd2D6D2。dは乗務員室扉、Dは客用扉、数字は窓の数)となり、併せて非貫通形3枚窓の前面の貫通化を実施している。下回りは木造車のままであり、トラス棒が残されたままであった。1972年(昭和47年)に志度線に転属し、1975年(昭和50年)に長尾線に転属。1994年(平成6年)、瓦町駅近代化に伴う志度線分断により、再度志度線に転属となる。1999年(平成11年)廃車となる。

220は1965年(昭和40年)に鋼体化改造されるが、同時に電装化され、両運転台の制御電動車60形67に改番している。220の鋼体化改造は230の場合と異なり、旧車体の窓配置を残したまま行われたため、側面の客用扉は3扉、客用窓も一段窓のままであった。なお、230同様前面は貫通形となっている。

210は鋼体化改造されないまま、1969年(昭和44年)に廃車となっている。

車両諸元[編集]

データは230のもの

  • 全長:15,025㎜
  • 全幅:2,640mm
  • 全高:3,680mm
  • 重量:22.0t
  • 定員:100名(座席40名)
  • 台車:BW78-25AA

宮城電気鉄道サハ301形(参考)

  • 全長:15,025㎜
  • 全幅:2,715mm
  • 全高:3,650mm
  • 重量:24.0t
  • 定員:100名

参考文献[編集]

  • 川波伊知郎「琴電の車輌大全集」 - JTBキャンブックス、後藤洋志『琴電-古典電車の楽園』(JTB〈現、JTBパブリッシング〉、2003年 ISBN 4-533-04857-9)に収録