高校野球解説者一覧

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高校野球解説者一覧(こうこうやきゅうかいせつしゃいちらん)

この一覧は、全国高等学校野球選手権大会(夏の大会)ならびに春の選抜高等学校野球大会テレビラジオの中継番組の実況放送で解説を担当する人の一覧である。

ここに列挙している各人の括弧内は、高校・大学卒業後の経歴。主にアマチュア野球関係者が中心。(職歴等は2019年現在のもの)

NHK[編集]

春・夏両大会を中継。主に総合テレビEテレラジオ第1で放送。なお、この一覧では全国放送(阪神甲子園球場で行われる大会)で解説を担当する人を列挙している。社会人野球の監督経験者が多く、高校野球の監督経験者は少ない。

(50音順、2019年8月現在)

退任した解説者[編集]

×は故人

民放[編集]

朝日放送グループホールディングス(ABC)
ABCは、夏の大会を中継する。関西地区のテレビ地上波では、朝日放送テレビサンテレビKBS京都などでリレー中継あり。BSデジタルのBS朝日では試合終了まで完全生中継をする。CS放送スカイAでは録画中継。また、出場校によっては地元ANN系列局で中継する場合もある。その場合は出場校の地元局の解説者が甲子園大会で解説をすることが多い。
朝日放送ラジオは出場校によっては地元AM局へもネットされる。
毎日放送(MBS)
毎日放送は、春の大会を中継する。テレビではCS放送GAORAで全試合生中継。地上波MBSテレビは関西ローカルで準決勝、決勝を放送(出場校によってはJNN地方局へ配信)。ラジオはMBSラジオで準決勝、決勝を中継(2008年までは全試合生中継)。出場校によっては地元AM局へもネットされる。出場校の関係者がゲストとして登場することもある。

なお、両局の肩書きはABCがゲスト(アナによっては「お客様」と紹介)、MBSが解説となっている。

ABCの高校野球解説者は、ラジオ、地上波テレビは1977年まで、BSハイビジョン実験放送では2001年まで開会式と準々決勝以降の登場となっていた。

両局の高校野球中継の主な解説者[編集]

かつては運動記者や大会役員が解説することもあったが、現在は主として地方大会で敗退した有力校の監督、もしくはそのOBに依頼することが多い。 現役監督は原則として監督を務める学校が大会に出場しない場合のみ出演する。

民放の中継で1日3試合から4試合ある場合は、第1試合と第3試合、第2試合と第4試合の中継で、テレビとラジオを入れかえて1日2試合解説することがある(例;第1試合テレビの担当が第3試合のラジオ、第1試合のラジオが第3試合のテレビの担当へ。逆も同じ)。解説者は、2日から3日連続で解説を担当し、序盤に登場する者と準々決勝以降に登場する者とで顔ぶれが変わる。特に第1試合担当者は各放送局が大会期間中手配した宿舎にアナウンサーと泊まり込む。

過去の解説者[編集]

×は故人。

  • 村井保雄 興國高校(大阪)監督として夏の50回大会優勝→総監督・部長も含め41年間在任→その後2003年より2007年まで京都大学監督。興國商業(現興國高校)→近畿大学出身。1995年夏にABCの初の女性アナウンサーとして関根友実がテレビ実況した試合のゲスト解説者。
  • 尾藤公× 箕島高校(和歌山)野球部監督として1979年夏の第61回大会では石川の星稜高校との延長18回の死闘を演じるなど、その年は春夏連覇。監督勇退後はほぼ毎日解説に登場したが、病気を患って入院して以降は体調面を考慮して、開幕日と準々決勝以降の重要な試合のみ担当していた。横浜高校の渡辺監督がテレビ解説を担当するようになると決勝戦のラジオの解説を担当することが多く、特に2006年夏の第88回大会決勝戦では37年ぶりの引き分け再試合を経験した。2011年没。
  • 松岡英孝 北陽高校(大阪)監督・部長として春夏あわせて10回甲子園出場。春の42回大会では準優勝(ちなみに優勝は上記の尾藤公率いる箕島高校)。城東高校(現高知高校)で甲子園出場→近畿大学出身。解説は専ら監督を退任後に「元・北陽高監督」として連日解説していた。平成4年夏の松井秀喜5打席連続敬遠の試合のテレビ解説者。
  • 三原新二郎 広陵高校(広島)福井高校監督→京都西→京都外大西高校監督・部長・総監督→山陽高校(広島)監督として春夏あわせて14回甲子園出場。その采配は「三原マジック」とも評される。夏の49回大会(当時広陵高)、夏の87回大会(当時京都外大西高)で準優勝。広陵高校→明治大学→中国電電出身。京都外大西高で一線を退いていた時期に「元・京都西高監督」として解説を担当していた。平成18年山陽高監督就任以後は登場していない。
  • 蔦文也× 徳島県立池田高等学校監督として春夏あわせて14回甲子園出場(岡田康志コーチが指揮を代理した1991年夏を含めると15回)。2001年没。
  • 杉浦藤文× 中京商業高校(愛知)春の31回大会に出場し優勝。さらに監督として昭和41年連覇を成し遂げる。その後も昭和58年まで中京商高→中京高(現:中京大中京高)の監督をつとめ(途中部長の時期もあり)、春夏あわせ13回の甲子園出場に導きプロアマ球界に多くの人材を送り出す。中京商→早稲田大学出身。監督退任後「元・中京商監督」として春大会に連日登場。
  • 城戸博× 済々黌高校(熊本)春の30回大会にエースとして登場。準々決勝で王貞治早稲田実高)に投げ勝ち、その後全国制覇(その際母親が打った励ましの電報を「読んでいない」と記者に応えたエピソードは有名)。済々黌→早稲田大学出身。1970年代から1980年代に「元・済々黌」として春大会に連日登場。
  • 中村雅彦× 平安高校(京都)監督として春夏合わせて13回の甲子園出場に導く。プロ球界にも衣笠祥雄など多くの人材を送り出す。その後母校の同志社大でも指導。また少年野球の普及にも尽力。解説はその時期に「元・平安高監督」として1970年代から1980年代に連日登場。
  • 石井藤吉郎× 水戸商業(茨城)で昭和17年に“幻の甲子園大会”に出場。その後兵役のブランクをへて早稲田大学の中心打者として活躍。水戸商業(監督としても甲子園出場)→早稲田大(監督としても東京六大学リーグ優勝を成し遂げる)→大昭和製紙吉原出身。日米大学野球、アマチュア野球日本代表監督。野球殿堂入り。高校野球の解説は1970年代を通し準決勝以降のトップクラス扱い。ほかKRテレビ→TBSテレビの東京六大学野球中継の解説も勤めていた。
  • 福嶋一雄 小倉中学→小倉高校→小倉北高校(福岡)のエースとして第29回第30回の夏連覇に貢献(その後は第86回、第87回の駒大苫小牧高までなかった)。だが3連覇をかけた第31回で破れ、そのときマウンドから一握りの土を持ち帰る。これが「敗者が持ち帰る甲子園の土」の始まりとされる。小倉高→早稲田大学→八幡製鉄出身。1970年代に準決勝以後登場のトップクラス扱い。
  • 上甲正典× 1988年の春の60回大会宇和島東高校(愛媛)を初出場初優勝に導く。2001年から済美高校の監督に就任、2004年の春の76回大会で2校目の初出場初優勝。同年夏の86回大会でも決勝戦に進出し初出場での春夏連覇にあと1勝と迫ったが駒大苫小牧に敗退。2013年の春の85回大会でも準優勝。
  • 小枝守×(元・千葉 拓大紅陵高校野球部監督)日大三高時代にも監督として甲子園出場経験があるが、その手腕が発揮されたのは拓大紅陵の監督に就任してから。それまでは地元でも注目されないチームだったが、1980年代後半から1990年代前半にかけて、甲子園に名をとどろかせた。緻密な采配をとり、解説でも作戦・戦術面に主眼を置いていた。なお、NHK千葉放送局製作の夏の県大会決勝戦でも解説を担当していた。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 全国中継解説は2006年まで春大会のみだったが、以降は春・夏両方で解説を務める。
  2. ^ 2011年夏以降は解説を担当しているにもかかわらずNHKのサイトに名前が2014年春まで記載されていなかった。
  3. ^ 口癖として「あぁーいいボールだ」「けれんみのない打者」「腰の入ったいいバッティングです」がある。
  4. ^ 広島商業で選手としても監督しても全国制覇を果たされました」とアナウンサーからの紹介はお約束の一つであった。
  5. ^ 東京六大学野球早稲田×慶應」戦(神宮球場/Eテレで放送)でもゲスト解説を務める。
  6. ^ BS日テレ、CS日テレG+で放送されていた東京六大学野球(神宮球場/早稲田戦、2007年〜2008年)に不定期で出演していたほか、J sports全日本大学野球選手権などでも解説。
  7. ^ 2018年春以降は民放で解説を担当。
  8. ^ 現在は東京六大学野球早稲田×慶應」戦(神宮球場/教育テレビで放送)のゲスト解説に出演、2006年にはABCでも解説を担当した。
  9. ^ 現在は関西大学野球部監督。
  10. ^ 退任後、2008年はNHK高校野球HPと連動データ放送で論評を担当した。
  11. ^ 現在はスポーツニッポンで高校野球の評論を担当。

出典[編集]

  1. ^ “元広島商監督の川本幸生さん死去 選手・監督両方で優勝”. asahi.com. (2010年5月11日). http://www.asahi.com/obituaries/update/0511/OSK201005110073.html 2016年8月16日閲覧。 
  2. ^ “達摩省一氏死去=甲子園大会の審判”. 時事ドットコム. (2016年4月18日). オリジナルの2016年8月5日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/v8729 

関連項目[編集]