高桑栄松

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高桑 栄松(たかくわ えいまつ、旧姓:桜井、1919年 - 2016年5月4日[1])は、医学博士北海道大学医学部名誉教授、元参議院議員(2期)。従三位勲一等瑞宝章

経歴[編集]

新潟県西蒲原郡地蔵堂町(現燕市)に10人兄弟の8番目として生まれる。長兄の桜井三郎は、京都帝国大学法学部卒業後内務省へ入省、後に熊本県知事1947年 - 1959年)や参議院議員を務めた。新潟県立巻中学校を経て北海道帝国大学医学部卒業。同大学院博士課程修了。1945年札幌在住の親戚である高桑家の養子となる。1956年より北海道大学へ赴任。医学部長・大学院環境科学研究科長を経て、1980年より公害研究所(現独立行政法人国立環境研究所)所長として筑波研究学園都市で過ごす。

1983年第13回参議院議員通常選挙比例代表区公明党より出馬し初当選。公明党・国民会議として統一会派に所属した。当時の国民会議は草川昭三高木健太郎和田教美中西珠子続訓弘広中和歌子など、創価学会の会員・公明党員(立候補時)ではなく、公明党の活動に賛同した議員が参加した会派だった。 当選後は北海道内多数の医師会員が、後援会に名を連ねた。2期12年間で科学技術特別委員長・運輸委員長、文教・環境・社労委員等を歴任。1986年予算委員会ではエイズ抗体検査に関する白熱した議論を闘わせ、驚異的な迅速性でその成果が実現へと歩み出した事で知られている。

議員退職後は実業界に入り、丸井今井札幌本店南館が入る高桑ビルの社長を務めた[2]

2016年5月4日、心疾患のため死去[3]。没97歳。政府は没後、従三位に叙することを閣議決定した[4][5]

物議を醸した発言[編集]

高桑は1988年(昭和63年)11月22日、第113回国会の参議院社会労働委員会における、後天性免疫不全症候群の予防に関する法律案に関しての厚生省保健医療局長に対する質疑で、「行きずりセックス論というのはばかげた話なんだ」「(※引用注:日本医師会が発行した感染予防パンフレットを読んで)例えば、『アナルセックスは夫婦間でも感染するか。』と書いてあります」などと発言し、「セックス」という語を計15回用いて、同法案における、当時感染者が急増していたHIVの蔓延対策についての不備を批判した[6]。この質疑はマスコミにも取上げられた[要出典]

脚注[編集]