高橋忠一

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高橋 忠一
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県
生年月日 (1960-05-31) 1960年5月31日(58歳)
身長
体重
181 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1983年 ドラフト6位
初出場 1984年6月19日
最終出場 1990年8月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高橋 忠一(たかはし ちゅういち、1960年5月31日 - )は、群馬県出身の元プロ野球選手外野手)。右投左打。

来歴・人物[編集]

前橋工では、1978年夏の甲子園県予選決勝に進出するが、エース木暮洋を擁する桐生高に惜敗し甲子園出場を逸する。卒業後は東京ガスに入社。1980年都市対抗から同大会に3年連続出場[1]

1983年のドラフト6位でロッテ入団。1984年には新人ながら、主に左翼手として25試合に先発出場、打率.280の好成績を記録した。しかし翌年春に肩を故障し、出場機会が減少。1989年に復活し、外野手の準レギュラーとして起用されるが、1990年限りで現役引退。

引退後は軟式野球のRBA日本不動産野球連盟所属の扶桑レクセルの監督兼選手としてチームを牽引した。

2011年より5年間、江東区少年野球選抜チームの総監督を務めた。

2016年学生野球資格回復研修を受講した上で、翌2017年2月7日に日本学生野球協会より学生野球資格回復の適性認定を受けたことにより、学生野球選手への指導が可能となった[2]

2017年度より明聖高等学校の野球部監督に就任[3]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1984 ロッテ 55 118 107 20 30 4 1 2 42 10 3 4 2 0 8 0 1 19 2 .280 .336 .392 .987
1985 34 49 41 6 7 0 0 0 7 2 0 0 1 0 7 0 0 8 1 .171 .292 .171 .462
1988 2 6 6 1 4 0 0 1 7 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .667 .667 1.167 1.833
1989 30 71 67 10 13 0 0 3 22 10 0 0 1 0 3 0 0 20 0 .194 .229 .328 .557
1990 29 66 51 8 13 2 1 0 17 5 1 0 2 0 13 0 0 14 0 .255 .406 .333 .740
通算:5年 150 310 272 45 67 6 2 6 95 29 4 4 6 0 31 0 1 61 3 .246 .326 .349 .675

記録[編集]

背番号[編集]

  • 48 (1984年 - 1990年)

脚注[編集]

  1. ^ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年
  2. ^ 元ヤクルト宮本慎也氏ら132人が学生野球資格回復 - 大学・社会人”. 日刊スポーツ (2017年2月8日). 2017年2月8日閲覧。
  3. ^ http://www.meisei-hs.ac.jp/campus_life/club/baseball_club.html

関連項目[編集]