高知駐屯地

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高知駐屯地
所在地 高知県香南市香我美町上分3390
座標 北緯33度32分32秒 東経133度44分11秒 / 北緯33.54222度 東経133.73639度 / 33.54222; 133.73639座標: 北緯33度32分32秒 東経133度44分11秒 / 北緯33.54222度 東経133.73639度 / 33.54222; 133.73639
駐屯地司令 第50普通科連隊長
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高知駐屯地(こうちちゅうとんち、JGSDF Camp Kouchi)は、高知県香南市香我美町上分3390[1]に所在し、第50普通科連隊が駐屯する陸上自衛隊駐屯地

概要[編集]

1962年の開設以来、同市岸本地区の海岸近くに駐屯していたが、近い将来に発生することが危惧される南海地震津波を考慮し、2010年3月に同市内の高台に新庁舎を開庁した。駐屯地司令は、第50普通科連隊長が兼務(2010年3月25日までは第14施設中隊長が兼務)。2012年3月までは、岸本地区の旧駐屯地との2個営舎体制で運用(同様の運用形態は他に今津駐屯地などがあった(現在は1個営舎))していたが、徳島県阿南市に開設された徳島駐屯地への移駐に伴い、約50年の歴史に幕を下ろして閉鎖された。現在の駐屯地には、戦闘訓練のため300m射撃場及び爆破訓練場を有する「高知演習場」が隣接し、南海地震のみならず重要影響事態等の本格的な有事にも備えている[2]

閉鎖された第2営舎(2012年5月23日)

沿革[編集]

  • 1962年(昭和37年)
    • 3月:第325地区施設隊が善通寺駐屯地から香南市香我美町岸本の善通寺駐屯地高知分屯地(旧高知駐屯地)に移駐。
    • 4月20日:善通寺駐屯地高知分屯地として発足[3]
  • 1966年(昭和41年)2月21日:高知駐屯地に昇格[4]
  • 1981年(昭和56年)3月25日:第2混成団新編に伴い、第325地区施設隊を第2混成団施設隊に改編。
  • 2006年(平成18年)3月27日:第14旅団への改編に伴い、第14施設中隊に改編。第14後方支援隊第1整備中隊施設整備小隊を新編。
  • 2010年(平成22年)3月26日:香南市香我美町上分に新駐屯地が開設され高知駐屯地業務隊が編成完結。。ここを第1営舎地区とし、第1営舎地区へ第50普通科連隊が善通寺駐屯地より、第348会計隊及び第323基地通信中隊高知派遣隊が第2営舎地区から移駐。従来の駐屯地は第2営舎となる。
  • 2012年(平成24年)3月26日:第2営舎所在部隊の第14施設中隊及び第14後方支援隊第1整備中隊施設整備小隊が徳島県阿南市の徳島駐屯地へ移駐、第2営舎閉鎖。

駐屯部隊[編集]

第14旅団隷下部隊[編集]

中部方面隊隷下部隊[編集]

防衛大臣直轄部隊[編集]

駐屯していた部隊:高知駐屯地第2営舎(旧高知駐屯地)[編集]

  • 第325地区施設隊:1962年(昭和37年)3月(善通寺駐屯地から移駐)から1981年(昭和56年)3月24日の間。第2混成団施設隊に改編。
  • 第2混成団施設隊:1981年(昭和56年)3月25日から2006年(平成18年)3月26日の間。第14施設中隊へ改編。
  • 第14施設中隊:2006年(平成18年)3月27日から2012年(平成24年)3月26日の間。徳島駐屯地へ移駐。
  • 第14後方支援隊第1整備中隊施設整備小隊:2006年(平成18年)3月27日から2012年(平成24年)3月26日の間。徳島駐屯地へ移駐。

最寄の幹線交通[編集]

重要施設[編集]

その他[編集]

  • 第2混成団施設隊時代の初期(1980〜90年代)は、全国で唯一3佐が駐屯地司令に就任していた。

脚注[編集]

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  1. ^ 高知駐屯地第1営舎地区
  2. ^ 新駐屯地及び新演習場の位置
  3. ^ 『陸上自衛隊20年年表』朝雲新聞社編集局、朝雲新聞社、1971年9月20日、110頁。
  4. ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和40年12月27日政令第381号)

関連項目[編集]