魚つき林

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

魚つき保安林は森林法第8条に基づき指定される保安林の一つ。昔から、漁業者の間には、海岸近くの森林が魚を寄せるという伝承があり、そのため海岸林や離れ小島の森林を守って来た歴史がある。そのような森林を魚つき林(うおつきりん、魚付林・魚付き林)という。現在、そのような名目で魚つき保安林という名のもとに保護を受けている区域もある[1]

概要[編集]

古来、漁業を営む地域では、海岸の森林を守る習慣があり、岬の岩場に成立する海岸性の森林や、湾内の離島の森林に神社を設け、立ち入りを制限するなど、一定の保護を行って来た場所がたくさんあった。これは、森林の木影には魚が集まる、とか、森によって風当たりが弱まる、など、いくつかの理由のもとに、この森林があるから魚が集まるのだということを認知していたものである。本州南部ではヤマモモなどを使った例が知られる。それらの森の事を魚つき林といった。そのような形で残って来た森林を法的に保護するための名称が"魚つき保安林"であった。このような森林は、往々にして神社林のように扱われ、海岸の無人の小島には、島の海岸に鳥居が作られたり、島に小さなほこらが建てられたりしている例が多い。

科学的根拠[編集]

岩場に植物の種が運ばれて根を張る。根は周りに菌を育み、菌は水と空気のイオン交換によって地中の養分を根から植物に送り込む。そして、根の長さと同じ高さの枝葉が地上に成長する。枝葉は枯れ落ちて地上に堆積し、この繰り返して肥沃な土の層が生み出される。長い年月を掛けてより大きな植物が育ち森が形成される。森の土中は植物の根と土壌細菌によって雨水を保水し浄化しながら地中深くに潜っていく。浸透した水は重力で下に運ばれ、海岸沿いの岩盤を通して湧き水として吹き出していく。この海底湧水として浄化された水が吹き出す場所を「ネ」あるいは「イワネ」と呼び、海藻が育ち、魚の稚魚や様々な生き物が生息する場所ができる。魚つき保安林の下の海岸沿いの岩の割れ目にの湧水付近にはサンゴや海藻が育ち、漁場ができる。この海底湧水で成立する豊かな生態系を守るために漁場の森を守る必要がある。

実際に保安林の下の海を見ると湧水によって水が透き通っている。古人もいろいろな経験から、森と海のつながりを知っていたので森を保護してきたものと考えられる。魚つき林の概念は江戸時代からあり、文献には、魚附場、小魚蔭林、魚隠林、など様々に記述されて、林を禁伐にした藩もあり、現在の「魚つき保安林」として保護されている。

近年、各地で"磯焼け"、つまり海岸の岩礁海藻が生えなくなる現象が見られるようになり、山奥の森林の荒廃が進むにつれ海へ流れ込む成分が変化したためではないかと認識され、川の源流を守る事が漁業を守る事につながるとの認識で、独自に植林事業にのりだす漁協が出現するまでに成っているが、海の恵みは川だけでは無く無数の湧水によって成り立っていることを認識しなければならない。

このように、海の生態系と陸の生態系はつながっており、今後はより広く森林保護が人間の生活を守る事につながるとの理解が進む事と期待される。

そのような意味で、魚つき林という言葉は、海と森林とのつながりの深さを表している。

否定的な出来事[編集]

1749年寛延2年)、広島藩金輪島では、精蝋を目的として大規模なハゼノキウルシノキの植樹が地元商人の手により始まった。しかし、樹木が繁茂するようになると、地域の漁民側から紅葉が海に映ることが魚族の襲来を妨げるとして藩側へ強い抗議が行われ、1770年明和7年)までに商人側は島の木の伐採を余儀なくされた出来事がある[2]

この現象は、森を形成していた巨大な樹木を切って人間の生産目的の低木を植えた事で、地中の根が浅くなって土中の保水力が低下して海底湧水が減少。さらに、堆積する養分が減り、また単一化することで多様性がなくなり、湧水の肥沃さを失って魚が寄り付かなくなったものと考えられる。

陸と海との繋がり[編集]

の生態系では、樹木や草木は、消費者の餌となる他、葉を落とし、また自身が枯れて分解者を通じて養分となり、ふたたび生産者のもとへ戻ってゆくが、その養分の一部はを下ってに至り、海において海草海藻の栄養分となる。海では陸に比べて無機塩類などの供給が制限され、陸上からの流入は貴重な存在である。海草海藻に食べられて植物性蛋白質となる。

生態系では光合成と無機塩類を材料に海藻や植物プランクトンが生産者として活動し、それを小魚が食べるといった食物連鎖へ続くほか、食物残些や海藻の粘膜、その他微小な有機物塊はバクテリアなどがそれについて分解する過程で重要な栄養分となる。これも食物連鎖へと続く入り口である。そうして育った魚の一部は、地上のほ乳類鳥類の餌となり、陸上の生態系へと運ばれる。動物の糞や死骸は土に返って森の栄養となる。この時、海から持ち込まれる成分は、やはり陸の生態系では貴重なものとして、大きな意味をもちうるらしい。こうして、海の生態系と陸の生態系はつながっているわけである。

クジラの遺骸もまた、同様に陸へ持ち込まれて養分となっている。 鯨骨#遺骸としての鯨骨の座礁による遺骸も参照。

これは森と海の間で行われる物質循環のあり方の一部である。

魚つき保安林[編集]

魚つき保安林は森林法第8条に基づき指定される保安林の一つ。2011年3月現在、約6.0万ha指定(他の保安林との重複指定を含む)されている[3]。監督者は、農林水産大臣(国有林)及び都道府県知事(民有林(自治体所有の森林も含む))。現在指定されている魚つき保安林の多くは、第二次世界大戦以前に沿岸漁業の振興を期待して指定されたものであり、海岸線付近に集中していることが特徴である。近年、注目を浴びている河川上流部の森林(河畔林)が魚つき保安林に指定される例は、ごく少数にとどまっている。

脚注[編集]

  1. ^ 沿岸域の環境美化・保全,水産庁
  2. ^ 「第三章 城下町と近郊農村の産業」『広島市史 第三巻 社会経済編』pp.224 昭和34年8月15日 広島市役所
  3. ^ 保安林の種類別面積(延べ面積),林野庁

参考文献[編集]

  • 柳沼武彦 『森は全て魚つき林』 ISBN 4894740079
  • 小林達治 「根の活力と根圏微生物 (自然と科学技術シリーズ)」1986/2/25 ISBN 454085075X

関連項目[編集]