鮫島克駿

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鮫島克駿
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県
生年月日 (1996-10-18) 1996年10月18日(21歳)
身長 160.0cm[1]
体重 48.0kg[1]
血液型 B型[1]
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 浅見秀一(栗東)(2015.3.1 - )
初免許年 2015年
免許区分 平地・障害
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鮫島 克駿(さめしま かつま、1996年10月18日 - )は、中央競馬(JRA)・栗東トレーニングセンター騎手佐賀県出身[1]。父は佐賀競馬の名騎手である鮫島克也、10歳上の兄はJRA騎手の鮫島良太[2]

来歴[編集]

父に直接「ジョッキーになれ」と言われたことはなかったが、幼少期より自然と騎手を志す。小学校5年生から乗馬を始め、内田博幸三浦皇成がかつて習っていたことを聞くと地元の器械体操クラブにも通った。2012年競馬学校騎手課程に入学(第31期[注 1])。卒業時には最も騎乗技術に優れた卒業生に贈られる「アイルランド大使特別賞」を受賞した[4]

2015年3月に栗東浅見秀一厩舎から騎手デビュー。3月14日中京2R(3歳未勝利)で自厩舎のタピエスに騎乗して1着となり、初騎乗から6戦目でJRA初勝利を挙げた。同年の新人の中でも一番乗りでの勝利となった[5]。デビュー1年目は同期で最多となる39勝を挙げ、JRA賞最多勝利新人騎手に輝く[6]。しかし、騎乗停止があったため、中央競馬関西放送記者クラブ賞は受賞できず、鮫島に次ぐ30勝を挙げた加藤祥太が受賞した[7]

2016年は4月から5月にかけて約1ヶ月間騎乗を控える期間があり[注 2]、ファンの間でも様々な憶測を呼んだ[8]

2017年12月28日の阪神4Rをハギノフロンティアで勝利し、JRA通算100勝を達成した[9]

騎乗成績[編集]

概要[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 2015年3月1日 1回小倉8日目5R 3歳未勝利 ルーナデラセーラー 13頭 11 13着
初勝利 2015年3月14日 2回中京1日目2R 3歳未勝利 タピエス 16頭 4 1着
重賞初騎乗 2015年8月9日 2回小倉4日目11R 小倉記念 タガノグランパ 17頭 7 10着

年度別成績[編集]

鮫島克駿の年度別成績(netkeiba.com)を参照

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 同期には加藤祥太、野中悠太郎、三津谷隼人がいる[3]
  2. ^ 4月17日の阪神9Rを最後に、5月14日の新潟2Rで復帰するまで、休業の届け出もなく、騎乗停止にもなっていないにも関わらずレースへの騎乗がなかった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 騎手名鑑. JRA. 2018年8月11日閲覧
  2. ^ 新人・鮫島克駿 父の背中を追いかけて. デイリースポーツ(2015年3月31日付). 2018年8月11日閲覧
  3. ^ 卒業者名簿:競馬学校. JRA. 2018年8月11日閲覧
  4. ^ アイルランド大使特別賞は鮫島君が受賞. デイリースポーツ(2015年2月4日付). 2018年8月10日閲覧
  5. ^ 鮫島克駿騎手がルーキー初勝利一番乗り!. 競馬ラボ(2015年3月14日付). 2018年8月11日閲覧
  6. ^ 2015年度 JRA賞:アップデートムービー. JRA. 2018年8月10日閲覧
  7. ^ 2015年度「中央競馬関西放送記者クラブ賞」は加藤 祥太騎手が受賞. JRA(2015年12月27日付). 2018年8月10日閲覧
  8. ^ 競馬界2016年上半期「ビックリ事件」をスッパ抜く!(1)藤田菜七子フィーバーで盛り上がったが…. 週刊アサヒ芸能(2016年7月2日付). 2018年8月11日閲覧
  9. ^ 阪神4Rで鮫島克駿騎手がJRA通算100勝を達成. サンケイスポーツ(2017年12月28日付). 2018年8月11日閲覧

関連項目[編集]