鳴海周次郎

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鳴海 周次郎(なるみ しゅうじろう、旧姓・平山1887年明治20年)3月1日[1] - 1969年昭和44年)7月25日[2])は、日本政治家貴族院議員[3]、青森県西津軽郡会議員[4]、青森県多額納税者[3][5]実業家。鳴海銀行頭取[4][6]。陸奥銀行、松木屋呉服店、津軽酒造各取締役[3][6][7]。青森貯蓄銀行、第五十九銀行金木銀行監査役[3][6]。立誠銀行、金兵衛銀行各頭取・鳴海廉之助の養孫[8]

人物[編集]

青森県北津軽郡栄村(現・五所川原市)出身。平山雄太郎の二男[9]、或いは三男[3]。平山為之助の弟[7]。古川和三郎の養子となり1920年、祖父・鳴海廉之助の後を承け家督を相続した[3]農業を営み、会社重役を務めた[9]

また、西津軽郡会議員、車力村会議員、青森県山林会評議員、同県産馬畜産組合連合会評議員、西北産馬組合副組長などを歴任し[2][4]1925年9月29日、貴族院多額納税者議員に選出され[10]交友倶楽部に所属[4]1932年9月28日まで一期務めた[2]

貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有した[1]。住所は青森県西津軽郡車力村[8](現・つがる市)。

家族・親族[編集]

鳴海家
  • 祖父・廉之助[8]1854年 - 1920年篤農家[11]、大地主、銀行家)
  • 祖母・ハル1869年 - ?、青森、佐々木傳十郎の妹)[3][7]
  • 妻・ひさ1892年 - ?、養父・古川和三郎の長女)[3][7]
  • 男・健太郎1907年 - ?)[3][7]
  • 養子・春一1899年 - ?、養子・キヨの夫、青森、葛西與太郎の弟)[3][7]
  • 長女(1910年 - ?、東京、宮越正治長男敬治の妻)[3]
  • 三男、四女、五女、六男、七男[3]
  • [7]
親戚

脚注[編集]

  1. ^ a b 『全国貴族院多額納税者議員互選人名総覧』43頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年11月16日閲覧。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』214頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 『人事興信録 第9版』ナ154-155頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月22日閲覧。
  4. ^ a b c d 『議会制度七十年史 第1』206-207頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年11月17日閲覧。
  5. ^ 『日本紳士録 第32版』附録 全国多額納税者 岩手県 青森県48頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年3月4日閲覧。
  6. ^ a b c 『日本全国諸会社役員録 第31回』351-363頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月22日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第13版 下』ナ176頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年11月16日閲覧。
  8. ^ a b c 『人事興信録 第4版』な14頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月22日閲覧。
  9. ^ a b 『人事興信録 第10版 下』ナ173頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年11月22日閲覧。
  10. ^ 『官報』第3931号、大正14年9月30日。
  11. ^ 『大日本篤農家名鑑』451頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月5日閲覧。

参考文献[編集]

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 商業興信所編『日本全国諸会社役員録 第31回』商業興信所、1923年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第32版』交詢社、1928年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 『全国貴族院多額納税者議員互選人名総覧』銀行信託通信社出版部、1932年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第10版 下』人事興信所、1934年。
  • 衆議院、参議院編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。