鳴海町

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なるみちょう
鳴海町
廃止日 1963年4月1日
廃止理由 編入合併
鳴海町 → 名古屋市
現在の自治体 名古屋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
愛知郡
面積 26.59km2.
総人口 31,519
国勢調査1960年
隣接自治体 名古屋市
愛知郡豊明町東郷村日進町
知多郡有松町大高町
鳴海町役場
所在地 愛知県愛知郡鳴海町字本町54[1][2]
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鳴海町(なるみちょう)は、かつて愛知県愛知郡にあった

現在の名古屋市緑区の一部(鳴海町・鳴子町・作の山町・鹿山・潮見が丘・久方・梅里・桃山・長根町・池上台・神の倉・曽根・六田・ほら貝・相川・篠の風・青山・古鳴海・太子・神沢・鳴丘・松が根台・浦里・黒沢台・乗鞍・左京山・漆山・旭出・高根台・万場山・上旭・滝ノ水・小坂・細口・平手北・鴻仏目・相原郷・大形山・鶴が沢・篭山・諸の木・藤塚・徳重・横吹町・鎌倉台・姥子山・尾崎山・鳥澄・若田・平子が丘・四本木・亀が洞・兵庫・鏡田・大清水・大清水西・砂田・平手南・八つ松・西神の倉・東神の倉・赤松・白土・境松・大将ヶ根・水広など)である。

天白川の支流の扇川沿いにあり、東海道宿場鳴海宿」を中心とした町であった。平部地区には現在でも古い商家の町屋や長屋の建物が多少残っている。安永8年(1779年)から続く、猩々(しょうじょう)と呼ばれる鳴海町と周辺独自の巨大人形の伝統文化がある。

沿革[編集]

  • 江戸時代初期、この地域は愛知郡鳴海村であり、鳴海宿が開かれる。
  • 1608年慶長13年) - 相原村が分離する。
  • 1653年承応2年) - 平手新田が開発される。
  • 明治時代初期、鳴海村、相原村、平手新田が合併し、鳴海村となる。
  • 1889年明治22年) - 町制施行。鳴海町となる。
  • 1948年昭和23年) - 警察法により、自治体警察鳴海町警察が発足。(愛知県の町では、1954年の現行警察法施行まで唯一残った自治体警察である。)
  • 1953年(昭和28年) - 町村合併促進法が施行されると、名古屋市との合併が検討される。議会は賛成であったが、反対運動が激化。賛成派議員の拉致や賛成派住民に対する傷害事件も発生し、町長のリコール運動も発生する。
  • 1955年 (昭和30年) - 議会が内閣総理大臣へ審査請求提出するが、内閣総理大臣裁定は名古屋市への編入を否定するものであり、合併構想は白紙化となる。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 名古屋市に編入され、名古屋市緑区となる。

交通機関[編集]

学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

病院[編集]

神社・仏閣[編集]

史跡[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 愛知県郡市町村勢要覧(愛知県総務部統計課 1951年10月刊行)
  2. ^ 旧・鳴海町役場庁舎は1974年まで緑区役所として使用された。現在の緑生涯学習センターが鳴海町役場跡地である。
  3. ^ 有松駅は、隣接する有松町から命名されているが、所在地は鳴海町字有松裏であった。
  4. ^ 本町が名古屋市に編入された翌年の1964年に、東海道新幹線が開業し、東海道本線同様旧本町域を僅かに通過している。

関連項目[編集]