鶯歌鎮

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台湾 台北県 鶯歌鎮
地理
Taipei-koukatin.svg
座標: 北緯24度57分 東経121度27分 / 北緯24.95度 東経121.45度 / 24.95; 121.45
面積: 21.1248 km²
各種表記
繁体字: 鶯歌
日本語読み: おうか
漢語: Yīnggé
通用: Yingge
ウェード式: Ying-ko
注音符号: ㄧㄥ ㄍㄜ
片仮名転写: インガー
台湾語: Eng-ko
客家語: Yîn-kô
行政
行政区分:
上位行政区画: 台北県
下位行政区画: 20里431鄰
鶯歌鎮長: 蘇有仁
公式サイト: 鶯歌鎮政府
情報
総人口: 86,510 人(2009年9月)
戸数: 26,763 戸(2009年9月)
郵便番号: 239
市外局番: 02
別称: 鸚哥石・鷹哥石・鶯哥
鶯歌老街
鶯歌老街の夜

鶯歌鎮(おうかちん)は台湾台北県

目次

地理

鶯歌鎮は台北県西端に位置し、東は樹林市と、西は桃園県八徳市桃園市と、西南は桃園県大渓鎮と、東南は三峡鎮と、東は樹林市と、北は桃園県亀山郷とそれぞれ接している。

歴史

1684年に客家人による入植が開始された。『桃園庁志』によれば1685年に泉州の陳瑜が南部より入植したとある。

1920年鶯歌庄がこの地に設置され、1940年には鶯歌街に昇格している。1945年以降は鶯歌鎮に改められ現在に至っている。

地名は鶯歌の北側の山に鸚鵡の形の巨岩があり、それにより鸚哥石と呼ばれていたものが、鷹哥石鶯哥鶯歌と転化したといわれている。伝説ではこの巨石は瘴気を吐き人を食したと言われ、その害を取り除くべく鄭成功が爆破したと伝えられる。

経済

清朝から日本統治時代にかけては農業が産業の中心であったが、現在は陶窯業が産業の中心となっている。

伝承では清朝嘉慶年間に呉岸、呉糖、呉曽らがこの地にやってきた際、近隣の尖山地区で良質な粘度を発見し、ここに焼窯を設置したのが陶窯業の始まりと伝えたてている。日本統治時代までは農家による副次的な産業とされていたが、戦後は陶窯業が飛躍的に発展し、現在では重要な地場産業としての地位を確立している。

行政区

北鶯里 東鶯里 建特里 建国里 南鶯里
中鶯里 西鶯里 二甲里 永吉里 東湖里
二橋里 尖山里 同慶里 中湖里 南靖里
鳳鳴里 大湖里 鳳福里 鳳祥里 永昌里

歴代鎮長

教育

区分 名称
大学 0 -
高中 0 -
高職 1 台北県立鶯歌高級工商職業学校
国中 3 台北県立鶯歌国民中学
台北県立尖山国民中学
台北県立鳳鳴国民中学
国小 7 台北県立鶯歌国民小学
台北県立建国国民小学
台北県立二橋国民小学
台北県立永吉国民小学
台北県立風鳴国民小学
台北県立中湖国民小学
台北県立昌服国小国民小学

交通

種別 路線名称 その他
鉄道 縦貫線 鶯歌駅
国道 国道3号 福高 三鶯IC、鶯歌JCT
国道 国道2号 鶯歌JCT
県道 110号線 114号線

観光地

  • 大漢溪
  • 鶯歌陶瓷博物館
  • 鶯歌老街
ウィキメディア・コモンズ

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