鹿取克章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鹿取 克章(かとり よしのり、1950年2月15日 - )は、日本外交官外務省領事局長、外務報道官ASEAN担当特命全権大使、駐インドネシア特命全権大使等を歴任。

人物[編集]

東京都出身。1973年に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。

2005年民間出身の高島肇久の後任として外務報道官就任。外務報道官として上海総領事館員自殺事件やドミニカ移住者問題などの対応に当たった。

上海総領事館員自殺事件については、2005年12月28日の緊急記者会見で、中華人民共和国公安部関係者によるウィーン条約上の義務に反する「遺憾な行為」があったと考え、中国側に抗議した旨を述べた[1]

2008年にはASEAN担当の特命全権大使に就任、豊田正和(内閣官房参与、元経済産業審議官)とともに、総理特使として、フィリピンラオスシンガポールインドネシアベトナムカンボジアマレーシアインド大韓民国タイ中華人民共和国に派遣され、各国の首脳と会談を行った[2]

父は元駐ソ大使・駐中国大使の鹿取泰衛。

略歴[編集]

同期[編集]

著作[編集]

  • 「多様性と厳しい現実で育まれたイスラエル性(特集 建国60年を迎えたイスラエル)」(外交フォーラム 21(12)(通号245)、2008年12月)
  • 『神のマントが翻るとき:東西ドイツ統一と冷戦構造の崩壊』武田ランダムハウスジャパン (2010/8/31)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 中国新聞2005年12月29日。
  2. ^ 「豊田正和・鹿取克章両総理特使の派遣について」外務省平成21年2月12日