鹿毛信盛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鹿毛 信盛(かげ のぶもり、1850年2月26日(嘉永3年1月15日[1])- 1914年大正3年)9月9日[2])は、日本の実業家政治家貴族院多額納税者議員

経歴[編集]

筑後国御井郡、後の金島村[3](現福岡県久留米市)で、鹿毛佐金次の長男として生まれる[1]。嘉永6年(1853年)に家督を相続した[1]

1878年(明治11年)以降、福岡第十七国立銀行(現福岡銀行)取締役、甘泉社社長、金島銀行頭取、福岡県御井郡農業組合長、両筑十二郡精藍組組長、久留米絣同業組合組長[4]、久留米絣株式会社代表[5]などを務めた[2]

政界では、福岡県会議員となり[2]、また、1890年(明治23年)9月29日、貴族院多額納税者議員に任じられ[6]、1897年(明治30年)9月28日の任期満了まで1期在任した[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『人事興信録』第3版、か70-71頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』194頁。
  3. ^ 『久留米市史』第3巻、494頁。
  4. ^ 『久留米市史』第3巻、501頁。
  5. ^ 『久留米市史』第3巻、508頁。
  6. ^ 『官報』第2179号、明治23年10月2日。

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『久留米市史』第3巻、久留米市、1985年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第3版、1911年。