黒田長恵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

黒田 長恵(くろだ ながよし、1754年11月28日宝暦4年10月15日) - 1774年10月6日安永3年9月2日))は、筑前国秋月藩の第6代藩主。

第5代藩主・黒田長邦の長男。母は黒田継高の娘・玉津院。官位は従五位下、甲斐守。幼名は豊松。

江戸にて生まれた。宝暦12年(1762年)4月19日、父の死去により家督を継ぐ。明和7年(1770年)2月15日、将軍徳川家治御目見する。同年12月16日、従五位下・甲斐守に叙任する。藩政に見るところも無く、また嗣子無くして安永3年(1774年)9月2日、19歳で秋月にて死去した。法号は岱源院亮応宗淳。死後、家督は甥で養子の長堅が継いだ。