007 ダイヤモンドは永遠に

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動

007 ダイヤモンドは永遠に』(ゼロゼロセブン[1] ダイヤモンドはえいえんに、Diamonds Are Forever)は、1956年に出版されたイアン・フレミングの長編小説(『ジェームズ・ボンド』シリーズ第4作)。また1971年公開の、ガイ・ハミルトン監督のスパイアクション映画『007』シリーズ映画化第7作。

小説[編集]

イアン・フレミングの小説『007』シリーズ長編第4作。1956年ジョナサン・ケープより出版された。

ストーリー[編集]

イギリス秘密情報部員007ことジェームズ・ボンドは、上司Mよりダイヤモンド密輸ルートの解明を命ぜられる。

ボンドは運び屋のピーター・フランクスにすり替わって、監視役の女ティファニー・ケイスの手引きでニューヨークへダイヤを運び、そこで中央情報局(CIA)を退職してピンカートン探偵社に勤める旧友のフェリックス・ライターと再会する。密輸ルートを仕切っていたのは、アメリカギャング団スパングルド組で、ボンドはライターの協力を得ながらラスベガスまで調査を進め、組織の謎の首魁ABCの正体を突き止める。

ボンドは寝返ったティファニーとクイーン・エリザベス号でアメリカから脱出し、船上で組織の殺し屋ウィントとキッドを返り討ちにすると、フランス領ギニアでABCを葬り密輸ルートを壊滅させる。

出版[編集]

映画[編集]

007 ダイヤモンドは永遠に
Diamonds Are Forever
Opnamen James Bond film Amsterdam voor Diamonds are for ever, Bestanddeelnr 924-7004.jpg
撮影風景
監督 ガイ・ハミルトン
脚本 トム・マンキーウィッツ
リチャード・メイボーム
原作 イアン・フレミング
製作 ハリー・サルツマン
アルバート・R・ブロッコリ
出演者 ショーン・コネリー
ジル・セント・ジョン
チャールズ・グレイ
音楽 ジョン・バリー
撮影 テッド・ムーア
編集 バート・ベイツ
ジョン・W・ホームズ
配給 ユナイテッド・アーティスツ
公開 アメリカ合衆国の旗 1971年12月17日
イギリスの旗 1971年12月30日
日本の旗 1971年12月25日
上映時間 120分
製作国 イギリスの旗 イギリス
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国[2]
言語 英語
製作費 $7,200,000[3]
興行収入 $116,000,000(世界)[3]
前作 女王陛下の007
次作 007 死ぬのは奴らだ
テンプレートを表示

概要[編集]

ショーン・コネリーのボンド復帰作であり、ボンド卒業作[4]。コネリー復帰のために破格の出演料が払われたが、彼はその全額をスコットランド国際教育基金に寄付した。もう一つの条件として、興行収入の10パーセント、ユナイテッド・アーティスツがコネリーの望む作品2本の製作費を提供することが提示され、それにより製作されたのが『怒りの刑事』だった。
前作の『女王陛下の007』は、ハリー・サルツマン主導による原作に比較的忠実な作品であったが、本作はアルバート・R・ブロッコリ主導の娯楽性を重視した作品となっている。その為、ゲイの殺し屋が登場、ブロフェルドも女装する、ボンドが何もしていないにもかかわらず追手が自滅するなど、全体的にコント的描写が多い。コネリー演じるボンドもそれまでより人を食ったような言動が多くなった。他にもマンネリズムや説明不足な描写を指摘される[5]など、評価はそれまでの作品よりも低いものとなった。一方でこのコメディ路線は人気を復活させた3代目ボンドのロジャー・ムーアに引き継がれることになる。また、アクションシーンも狭いエレベーター内で大男同士が殴りあう、駐車場でのカーチェイスなど新しい試みも見られる。 本作の敵は当初、ダイヤモンド狂のゴールドフィンガーの弟であり、扮するのは兄同様、ゲルト・フレーベの予定であったが、ブロッコリが夢のお告げがあったとして、ブロフェルドに変更する。しかし、前二作と違い、本作の原作にはブロフェルド及び、スペクターは登場しないため、スペクター関連の権利を持つケヴィン・マクローリーが猛抗議、本作を最後にスペクターはシリーズから姿を消し、2015年まで登場しなくなる。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

ストーリー[編集]

日本、カイロなどブロフェルドの足跡を追うボンドが、遂に宿敵ブロフェルドを見付け、影武者共々殺害する。

Mはボンドに休養を兼ねた地味な任務として南アフリカから発掘される大量のダイヤモンドが何者かに盗難・密輸され、闇市場にも出ずに消失している事件の捜査を命じる。

ボンドはアムステルダムへ向かい、ダイヤの運び屋ピーター・フランクスとして、ティファニー・ケイスと言う女性に接触する。しかし、本物のフランクスが脱走してティファニーに接触しようとしたため、ボンドはフランクスを殺害。とっさに自分の身分証を死んだフランクスの懐に入れてボンドが殺されたことにする。

その遺体にダイヤを隠し、ロスへ密輸する。ボンドは事件を調査していくうちに、謎の陰謀と凶悪な黒幕に挑むこととなる。

興行成績[編集]

1971年の映画の世界興行成績で、第1位を記録した[6][7]。これは、『ゴールドフィンガー』以来4作、7年ぶりのことだった。米国では前作より1100万枚多くチケットが売れた。日本では、1972年の外国映画の興行成績で『ゴッドファーザー』に次ぐ第2位[8]

ボンドガール[編集]

ジル・セント・ジョンはアメリカカリフォルニア州ロサンゼルス出身の女優。彼女はわずか9歳で子役としてデビューしている。その後、テレビシリーズ『バットマン』(1966)の第1話と第2話にも登場している。

やがてセントジョンはユニバーサルで契約を結んだ。彼女はテレビドラマ「ゲームの名声は名声」(1966)に出演し、ロバートワグナーと一緒に『夏休みを過ごした方法』(1967)で助演の役割を果たした。彼女はボブ・ホープ・コメディー、『エイト・オン・ザ・ラン』(1967)や、ロバート・ワグナーとの『バニング』(1967)、ダグ・マクルーアと共演の『キングの海賊』(1967)にも出演した。1966年に彼女は彼女の目標を「自分が女優であることを証明したので、自分が選んだ役柄をもっと識別できるようになった。次にできることを選択できるようになりたいです。」

彼女は『トニーローマ』(1967年)『外国為替』(1970年)の後、人気のあるテレビ映画『スパイキラー(1968年)』に出演した。また彼女は『ゲームの名前』にゲストとして出演。『決定!決定!』(1971)は、セントジョンがボブ・ニューハートと共演したテレビ映画だった。そのあとに『007シリーズ』の第7作のボンドガールに抜擢された。

キャラクター、キャストなど[編集]

  • ジョージ・レーゼンビー主演の前作『女王陛下の007』が(007シリーズとしては)不振だったため、テレビ版でバットマンを演じたアダム・ウエストや、『サイコ』に出演したジョン・ギャビンがボンド役にオファーされた。ギャビンは契約まで交わしていたが、コネリーの復帰が決まり、結果的に出演料をもらって降板することになった。ロバート・ワグナーもプロデューサーのアルバート・R・ブロッコリから非公式にオファーされていたが、ボンドはイギリス人であるべきで、自分はアメリカ人過ぎるという理由で断り、ロジャー・ムーアを推薦した。後にワグナーは、この作品でティファニー・ケイスを演じたジル・セント・ジョンと結婚した。またプレンティ・オトゥールを演じたラナ・ウッドは、ワグナーの前妻ナタリー・ウッドの妹[9]
  • 冒頭、ボンドはダイヤの専門家ドナルド卿に出されたソレラのシェリーを口にして、1851年の物だと言う。Mがシェリーに年代はないと返すと、シェリーのベースとなったワインの年代のことだとやりこめる。この場面は原作のファンからもボンドの言いそうなセリフだと絶賛された。
    • ダイヤモンドの知識を問われたボンドは「最高の硬度、ガラスを裂き、犬に替わる女性の友人」と答える。するとMが「ダイヤの知識がないとは意外だな」と皮肉る。
    • ラストでウィントとキッドがボンドたちの船室に運んで来たワインは、ムートン・ロートシルトの1955年もの。ソムリエになりすましたウィントがアフターシェーブの匂いをさせていたこと(そして中盤で殺されそうになったときと同じ匂い)で、「この素晴らしい食事にはクラレットが合う」とカマをかける。するとウィントが「当船にはクラレットがあまりありません」と答えたことで、敵だと見破る。
  • ラスベガスのホテルのペントハウスにこもり姿を見せない実業家、ウィラード・ホワイトのモデルは、同地にあったデザート・イン(現在は廃業)の最上階に閉じこもっていたハワード・ヒューズである。ホワイトを演じたジミー・ディーンの本職はカントリー歌手で、デザート・インでレギュラーのショーを行っていた。自分がホワイトを演じるのをヒューズが怒らないか、不安だったという。
  • プレタイトル・シークエンスでのボンドのブロフェルド追跡劇は前作のラストを想起させるが、タイトル後のMやサー・ドナルドとのやり取りでボンドは長期休暇を取っていたことが明かされ、休暇の感想(=「007は二度死ぬ」以降のコネリー自身の仕事について)を聞かれたボンド=コネリーは「それなりに楽しんだ」と答え、Mは「お前の留守中(=「女王陛下の007」)も遊んでいたわけではない」と皮肉る楽屋落ちがあり、前作の存在をあったとも、なかったとも解釈できる表現をしている。なお、最初のシーンの舞台は「007は二度死ぬ」の舞台である日本である。
  • ブロフェルドを演じたチャールズ・グレイは、『007は二度死ぬ』ではボンドの協力者ヘンダーソンを演じている。007シリーズ中、二つの映画で異なる脇役を演じた俳優は他にもいるが、善玉と悪玉を演じ分けたのはこのグレイと『リビング・デイライツ』のジョー・ドン・ベイカーのみ。なお、原作は第4作にあたりブロフェルドはまだ登場せず、ボンドの敵はアメリカのギャング団スパングルド一味と、謎の黒幕ABCだった。
  • サミー・デイヴィスJr.が歌うシーンも撮影されたが、本編ではカットされた。代わりに、ボンドが彼の写真が載っている雑誌を手にする場面が映されている。
  • ホワイトの研究所に登場する、Gセクションのクラウス・ハーゲルシャイナーを演じているのは、テレビシリーズ『謎の円盤UFO』でストレイカー司令官役だったエド・ビショップ。『007は二度死ぬ』冒頭の宇宙飛行士役に続く出演である。
  • マネーペニーが、税関職員に化けてボンドに協力。本作では、Mと一緒の場面はない。
  • CIAフェリックス・ライターは、原作では第2作『死ぬのは奴らだ』で、ミスター・ビッグによってサメの餌食にされ、右手と左脚を食いちぎられる。第4作にあたる本作では、義手・義足をつけて登場し、その後CIAを退職してピンカートン探偵社に就職したことが語られる。映画では製作順序の違いから、それらの設定は採用されていない。本作で4代目ライターを演じたのは、アメリカの俳優ノーマン・バートン。テレビドラマの出演が多く、『ワンダーウーマン』のジョー・アトキンソン部長役などで知られている。
  • サクスビーを演じたブルース・キャボットは本作が遺作となった。

主題歌[編集]

シャーリー・バッシーが2度目の起用となり、同タイトル曲を歌っている。イギリスの「ミュージック・ウィーク」誌では、最高位27位、アメリカの「ビルボード」誌では、最高位57位を獲得している。同サウンドトラック・アルバムは、「ビルボード」誌アルバム・チャートで、最高位74位を獲得している。

ゴールドフィンガーに続くシャーリー・バッシーの起用について、ガイ・ハミルトンは「僕は個人的に彼女の大ファンなので」とインタビューで答えている。

エピソード[編集]

スキニー橋
フリーモントストリート
  • ボンドはP&Oホバークラフトドーバー海峡を渡る。
  • アムステルダムで運河を見下ろすウィントとキッドが立っている場所は、観光名所のスキニー橋(Magere Brug)である。
  • ティファニーの名の由来は、母親がニューヨークのティファニーの前で産気づいたからだが、これを聞いたボンドはヴァンクリーフ&アーペル(パリの宝石店)でなくてよかったという冗談を言う。
  • ボンドは自分が殺害したピーター・フランクスの懐にプレイボーイクラブ(雑誌PLAYBOYの出版元が経営するクラブ)の会員証を入れた。
  • ホワイトのホテル「ホワイトハウス」の外観は、ラスベガス・ヒルトン。ペントハウス直通エレベーターの外観は、ランドマーク・ホテル(現在は廃業)で撮影された。
  • ホワイトの研究所の外観は、ベガス近郊のジョン・マンビル社の石膏工場で撮影された。余談だが、同社は世界最大規模でアスベスト使用製品を生産していたために、訴訟を受け1982年に倒産した。
  • その他にも、ラスベガス内のホテルやカジノ、マッカラン国際空港などでロケが行われた。
  • 原作でボンドとティファニーが乗った客船は、クイーン・エリザベス号である。この船は1972年に香港で炎上し、その残骸が映画版『黄金銃を持つ男』に意外な形で登場する。

日本語吹替[編集]

役名 俳優 TBS版1 TBS版2 DVD/BD
ジェームズ・ボンド ショーン・コネリー 若山弦蔵 内海賢二 若山弦蔵
ティファニー ジル・セント・ジョン 武藤礼子 沢田敏子 岡寛恵
エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド チャールズ・グレイ 内田稔 小林修 佐々木梅治
M バーナード・リー 今西正男 石森達幸 藤本譲
ミス・マネーペニー ロイス・マクスウェル 花形恵子 なし 泉裕子
Q デスモンド・リュウェリン 田中康郎 中庸助 白熊寛嗣
ホワイト ジミー・ディーン 日高晤郎 麦人 青山穣
プレンティ ラナ・ウッド 有馬瑞香 さとうあい 中尾真紀子
ミスター・キッド パター・スミス 安田隆 若本規夫 遠藤純一
ミスター・ウィント ブルース・グローヴァー 藤城裕士 稲葉実 落合弘治
フィリックス・ライター ノーマン・バートン 伊井篤史 石井敏郎 辻親八
メッツ教授 ジョセフ・ファースト 石井敏郎 村松康雄 中博史
サー・ドナルド・マンガー ローレンス・ネイスミス 久保晶 宮田光 菅原淳一
サクスビー ブルース・キャボット 国坂伸 藤本譲
バンビ ローラ・ラースン 有馬瑞香 さとうあい
ザンパー トリナ・パークス 高島雅羅 鈴木みえ
ミスター・スランバー デヴィッド・バウアー 星野充昭
クラウス・ハーガシャイマー エド・ビショップ 宮村義人 小室正幸
ピーター・フランクス ジョー・ロビンソン 幹本雄之 辻親八
保安官 ロイ・ホリス 菅沼赫 藤本譲
ディーラー E・J・'テックス'・ヤング 大山高男 加藤正之
マキシー エド・コール 屋良有作 笹岡繁蔵
少年 ゲイリー・デュビン 松田辰也 鈴木みえ

※キングレコードから発売の特別版DVDにはTBS版の2バージョンの吹替を収録。

  • TBS版1 - 初回放送、1980年4月6日19:00-20:55 『特別ロードショー』(本編約97分)
プロデューサー - 熊谷国雄、演出 - 佐藤敏夫、翻訳 - 木原たけし、日本語版制作 - 東北新社/TBS
※映画番組でなく、特別枠で初放映された初めての007作品。
その後本編はさらにカットされ『月曜ロードショー』等で再放送された。
(再放送以後の本編時間は最長でも約94分)
プロデューサー - 上田正人、演出 - 小山悟、翻訳 - 木原たけし、日本語版制作 - 東北新社/TBS
  • DVD/BD版 - 初出、2006年11月22日発売 DVD アルティメット・コレクション
演出 - 伊達康将、翻訳 - 平田勝茂、調整 - 高久孝雄、制作 - 東北新社

秘密兵器など[編集]

月面車
  • ティファニーのアムステルダムのアパートのクローゼットの奥には、指紋比較用映写機がある。密輸業者ピーター・フランクスに化けたボンドがグラスに残した指紋をインスタント写真に撮り、それをこの機械に挿入すると、スクリーンにサンプルと対比して映し出される仕組み。
  • ボンドはQの作った偽の指紋を指に貼り付け、この身元チェックをすり抜けた。Qの装備品を粗末に扱うボンドもこれには「脱帽だよ、大成功だ」と賛辞を送っている。
  • ボンドはホワイトのペントハウスに侵入するのに、ワイヤーを発射する銃を使用。
  • 電話の音声変換装置。声を別人のものに変換してブロフェルドを欺く。元々は、Qが前年のクリスマスに子供に作ってやったもの。
  • エレクトロマグネティック・RPM・コントローラー。指輪に仕掛ける。Qはそれを使ってスロットマシンでジャックポットを連発した。
  • 銃を取り上げようとボンドの懐に入れた敵の手にスチール製のバネ仕掛けの罠が噛み付く。ハンドパンチャーと呼ばれる。
  • ボンドカーとしてムスタング・マッハ1が使用されたが、ティファニー・ケイスの車であり、一般車両のため、一切特殊装備は備えていない。路地に片輪走行で進入するシーンと脱出するシーンの撮影で、車の傾いている向きが逆になってしまい、途中で回転するショットを挟むという苦肉の策が取られた。
    • カーチェイスは、フリーモントストリート界隈で行われた。当時はラスベガスの中心地で、有名なフリーモントエクスペリエンスが登場するのは、ずっと後のことである。
  • 月面車。ボンドは、潜入したホワイトの研究所にあったものを奪って砂漠を逃走した。本作の公開された1971年、アポロ15号の月面での活動で、実際に月面車が使用された。
  • この月面車とのチェイスで、三輪全地形対応車、US90(ATC90)が使用された。ボンドも一台を奪って乗り回している。

脚注・参照[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 日本でも「ダブルオーセブン」と言うようになったのは第8作『007 死ぬのは奴らだ』から
  2. ^ allcinema, All Movie Guide, IMDbはイギリス、キネマ旬報DBはアメリカとしている。
  3. ^ a b Diamonds Are Forever” (英語). The Numbers. 2009年6月26日閲覧。
  4. ^ ただし、1983年にコネリー自身が版権を取得していた『サンダーボール作戦』のリメイク版、『ネバーセイ・ネバーアゲイン』でボンドを再び演じている。また2005年に発売された『007 ロシアより愛をこめて』を元にしたテレビゲームでは声の出演をしている。
  5. ^ プレンティ・オトゥールはなぜ殺されたのか、ウィントとキッドに遠くへ運ばれたはずのボンドがどうやってあっさりフィリックス・ライターのもとに戻ったのかなど
  6. ^ List movies by worldwide gross” (英語). WorldwideBoxoffice.com. 2009年6月26日閲覧。
  7. ^ List of highest-grossing films(ウィキペディア英語版)
  8. ^ 興行成績一覧”. キネマ旬報DB. 2009年6月26日閲覧。
  9. ^ ロバート・ワグナー (2009年2月19日). “I blamed myself for Natalie Wood's death: Robert Wagner on the night his wife disappeared; Why I turned down Bond” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1145430/I-blamed-Natalie-Woods-death-Robert-Wagner-night-wife-disappeared.html 2009年8月17日閲覧。