130R

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130R
メンバー 板尾創路
ほんこん
結成年 1987年 
事務所 吉本興業
活動時期 1987年 - (板尾のみ活動休止期間あり)
出身 吉本総合芸能学院4期生
影響 島田紳助
旧コンビ名 蔵野・板尾
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 コント漫才
過去の代表番組 4時ですよーだ
ダウンタウンのごっつええ感じ
かざあなダウンタウン
急性吉本炎
同期 今田耕司桂茶がま(NSC4期)
東野幸治木村祐一リットン調査団(数か月後輩)
受賞歴
  • 1989年 第10回ABCお笑い新人グランプリ 諸芸部門 優秀新人賞
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130R(ひゃくさんじゅうアール)は、吉本興業お笑いコンビ

メンバー[編集]

板尾創路(本名:同じ 1963年7月18日 - )

ほんこん(本名:蔵野孝洋 1963年6月16日 - )

来歴[編集]

1985年、共に別々に吉本総合芸能学院4期生に入学。NSC在学中にネタの発表会があり、板尾はその場限りで「ホンコン・マカオ」というコンビを組み、蔵野は同期生の今田耕司の誘いで「ダブルホルモンズ」と結成したがほどなくして解散した。

1986年、蔵野は松本秀文と共に「蔵野・松本」を結成し活躍していた際に、蔵野が以前板尾が組んでいたコンビ名が気に入り、板尾の了承を得て「ホンコン・マカオ」に改名、同年11月なんば花月下席にて劇場デビューするが1987年5月頃に解散する。その後お互いコンビを解散しピンで活動していた頃、ある日板尾が蔵野の家で泊まりに行った際板尾から「自分も相方おれへんやろ、コンビ組めへん?」と誘われ、1987年6月1日に「蔵野・板尾」(後に130R)を結成した。

結成後は心斎橋筋2丁目劇場を中心に活躍し人気を獲得していた。その後共に2丁目劇場で活躍していたダウンタウンが東京進出に伴い、2丁目劇場を卒業した際に共に東京進出をする。当初は東京のネタ番組や今田耕司東野幸治らと吉本新喜劇に出演していた。

1991年12月フジテレビで特番で放送していた「ダウンタウンのごっつええ感じ」が日曜20時台に昇格する際にレギュラー出演を獲得し、東京を中心に活躍するようになった。1997年の番組終了後もダウンタウンとの共演が多い。他にルミネtheよしもとなどの舞台場ではコンビでネタを行なっている他、大阪なんばグランド花月の吉本新喜劇にも出演している。

2000年代以降、それぞれ個別で活動することが多くなり、コンビで出演することが少なくなっている。

2014年放送のテレビドラマ「福家警部補の挨拶」にて、作中に登場する漫才コンビ「京阪のぼり・くだり」役で競演。本作は最初から犯人が分かっている倒叙ものであるが、犯人役であるのぼりを板尾が演じ、のぼりに殺害されるくだりをほんこんが演じた。 なお、のぼりがツッコミでくだりはボケであったので実際のコンビの役割とは逆の役割を演じたことになる。

エピソード[編集]

  • 「130R」というコンビ名は、鈴鹿サーキットにあるコーナーの名称を島田紳助が個人事務所の名前に使用しているものを板尾が気に入り、紳助の了承を得てコンビ名にした。意味は「道はまっすぐじゃないけれど勇気を持って進めばやがてストレートが見える」というもの。紳助の個人事務所は「有限会社オフィス百三十アール」で、通称「130R」としている。そもそも板尾は、紳助の家に弟子入り志願で訪問したり、その際に紳助はNSC入りを勧めたなど、板尾がデビューする前から交流があったため、130Rの知名度が上がってくると、紳助が「店で領収書もらう時に『あて名は(個人事務所の)130Rで』と言うたら、店員がクスッと笑いよるんや。それとな、そのあて名で領収書をもらうということは、まるで、俺がお前らにカネを出してもらって、おごってもらってるみたいに思われるやないか」と嬉しそうに板尾に語ったという[1]

出演[編集]

2人とも単独での活動が多い。板尾・ほんこん単独出演の番組は板尾創路#出演ほんこん#出演をそれぞれ参照。

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

テレビゲーム[編集]

受賞歴[編集]

関連人物[編集]

脚注[編集]

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