1911年の相撲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

1911年の相撲(1911ねんのすもう)は、1911年の相撲関係のできごとについて述べる。

できごと[編集]

1月場所直前、力士の待遇改善を巡って協会と力士が対立、力士側は場所のボイコットに及んだ(新橋倶楽部事件)。1月23日に両者和解が成立、場所は1か月遅れで開催された[1]。しかし場所の2日目の勝負判定を巡って西方力士が検査役不信任を突き付けたため、場所中にも2日間の中断が起こった[2]

本場所など[編集]

  • 2月場所(東京相撲)[3]
  • 2月場所(大阪相撲)[2]
    • 興行場所:難波新川土橋西詰
    • 2月16日より晴天10日間興行
  • 6月場所(東京相撲)[4]
  • 10月場所(大阪相撲)[5]
    • 興行場所:難波新川土橋西詰
    • 10月7日より晴天10日間興行

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ 酒井, p. 240.
  2. ^ a b 酒井, p. 244.
  3. ^ 酒井, pp. 240-244.
  4. ^ 酒井, pp. 245-247.
  5. ^ 酒井, p. 248.

参考文献[編集]

  • 酒井忠正 『日本相撲史 中巻』 ベースボール・マガジン社、1964年6月1日