1936年ベルリンオリンピックの日本選手団

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オリンピックの日本選手団
Flag of Japan (1870–1999).svg
日章旗
IOCコード JPN
NOC 日本オリンピック委員会
公式サイト
1936年ベルリンオリンピック
人員: 選手 179名、役員 70名
旗手: 大島鎌吉
メダル
国別順位: 8 位

6

4

8

18
夏季オリンピック日本選手団
1912192019241928193219361948195219561960196419681972197619801984198819921996200020042008201220162020
冬季オリンピック日本選手団
19241928193219361948195219561960196419681972197619801984198819921994199820022006201020142018

1936年ベルリンオリンピックの日本選手団(1936ねんベルリンオリンピックのにほんせんしゅだん)は、1936年ドイツベルリンで行われた1936年ベルリンオリンピックの日本選手団。なお、ここでは台湾・朝鮮出身者も掲載される。選手名及び所属は1936年当時のもの

メダル獲得者[編集]

金メダル[編集]

銀メダル[編集]

銅メダル[編集]

陸上競技[編集]

役員:渋谷寿光
役員:古田島忠作
役員:青井節郎
役員:森田俊彦
役員:住吉耕作
役員:高野重幾
役員:縄田尚門
役員:加賀一郎
役員:福井行雄
役員:佐藤秀三郎
役員:沖田芳夫
役員:松本興

男子[編集]

女子[編集]

水泳[編集]

総監督:末弘厳太郎
監督秘書:奥野良
監督秘書:安部輝太郎
役員:根来幸成
会計:渡辺寛二郎
ヘッドコーチ:松沢一鶴
競泳コーチ:斎藤巍洋
水泳コーチ:松本隆重
女子競泳シャペロン:白山広子
女子競泳コーチ:松澤初穂
トレーナー:柳田亨
医師:岡本勁一
飛込コーチ:原秀夫

競泳[編集]

  • 伊藤三郎明大
    • 男子200m平泳ぎ:5位(2分47秒6)
  • 鵜藤俊平立大
    • 男子1500m自由形:銅メダル(19分34秒5)
    • 男子400m自由形:銀メダル(4分45秒6)
  • 吉田喜一(早大
    • 男子100m背泳ぎ:5位(1分09秒7)
  • 根上博立大出)
    • 男子400m自由形:5位(4分53秒6)
  • 児島泰彦慶大
    • 男子100m背泳ぎ:6位(1分10秒4)
  • 寺田登慶大
    • 男子1500m自由形:金メダル(19分13秒7)
  • 小池礼三慶大
    • 男子200m平泳ぎ:銅メダル(2分44秒2)
  • 新井茂雄(浜農出)
    • 男子100m自由形:銅メダル(58秒0)
  • 清川正二東商大)競泳主将
    • 男子100m背泳ぎ:銅メダル(1分08秒6)
  • 石原田愿(明大
    • 男子1500m自由形:4位(19分48秒5)
  • 田口正治立大
    • 男子100m自由形:4位(58秒1)
  • 牧野正蔵早大
    • 男子400m自由形:銅メダル(4分48秒1)
  • 遊佐正憲日大
    • 男子100m自由形:銀メダル(57秒9)
  • 葉室鐵夫日大
    • 男子200m平泳ぎ:金メダル(2分41秒5)
  • 新井茂雄杉浦重雄(見付中出)・田口正治遊佐正憲
    • 男子4×200m自由形リレー:金メダル(8分51秒5)
  • 宮崎康二慶大
    • 男子:出場せず
  • 新間六柄(早大
    • 男子:出場せず
  • 鶴岡榮(立大
    • 男子:出場せず
  • 田中一男(早大
    • 男子:出場せず
  • 永見達明(早大
    • 男子:出場せず
  • 本田惣一郎(早大
    • 男子:出場せず
  • 明文一(小松商出)
    • 男子:出場せず
  • 守岡初子(大阪)
    • 女子400m自由形:予選落ち(5分49秒1)
  • 小島一枝椙山女専
    • 女子100m自由形:準決勝7位(1分11秒1)
    • 女子400m自由形:6位(5分43秒1)
  • 前畑秀子椙山高女勤務)女子競泳主将
    • 女子200m平泳ぎ:金メダル(3分03秒6)
  • 竹村令(京一女
    • 女子100m自由形:予選落ち(1分14秒6)
  • 壷井宇乃子(女子体専
    • 女子200m平泳ぎ:予選落ち(3分18秒4)
  • 古田つね子(中泉高女)
    • 女子100m自由形:予選落ち(1分14秒6)
  • 小島一枝・竹村令・古田つね子・守岡初子
    • 女子4×100m自由形リレー:予選落ち(4分58秒1)
  • 松村昶子(山口高女
    • 女子:出場せず

飛込[編集]

  • 柴原恒雄(日大)
    • 男子高飛込:6位(107.40)
    • 男子飛板飛込:4位(144.92)
  • 小柳富男(早大)
    • 男子高飛込:8位(94.54)
    • 男子飛板飛込:8位(133.07)
  • 大沢政代(精華高女出)
    • 女子高飛込:14位(28.10)
    • 女子飛板飛込:6位(73.94)
  • 大沢礼子(精華高女出)
    • 女子高飛込:4位(32.53)
  • 香野夫佐子(西宮高女出)
    • 女子高飛込:6位(30.24)
    • 女子飛板飛込:8位(70.27)

水球[編集]

  • 片岡寅次郎(早大出)・勝久重隆(早大出)・阪上安太郎(早大出)・高木茂雄(早大出)・高橋三郎(慶大)・高橋善次郎(早大出)・田野耕晴(立大)・古荘次平(早大)・前田倍三(早大)・若山滝美(慶大)・和田幸一(慶大)
    • 男子:予選リーグ敗退

体操[編集]

役員:森悌次郎
役員:本間茂雄

  • 遠山喜一郎(東京高師出)
    • 男子あん馬:70位(14.833)
    • 男子つり輪:35位(17.000)
    • 男子個人総合:72位(92.699)
    • 男子跳馬:62位(15.833)
    • 男子鉄棒:85位(14.500)
    • 男子平行棒:61位(15.767)
    • 男子徒手:84位(14.766)
  • 角田不二夫(麻布中出)
    • 男子あん馬:65位(15.400)
    • 男子つり輪:80位(14.300)
    • 男子個人総合:76位(91.299)
    • 男子跳馬:65位(15.600)
    • 男子鉄棒:53位(16.500)
    • 男子平行棒:77位(14.433)
    • 男子徒手:80位(15.066)
  • 三宅芳夫(日体「日本体育会体操学校、後の日体大」出)
    • 男子あん馬:72位(14.600)
    • 男子つり輪:68位(15.400)
    • 男子個人総合:60位(95.133)
    • 男子跳馬:53位(16.333)
    • 男子鉄棒:36位(17.600)
    • 男子平行棒:50位(16.467)
    • 男子徒手:85位(14.733)
  • 松延博(東京高師)
    • 男子あん馬:68位(15.067)
    • 男子つり輪:83位(14.100)
    • 男子個人総合:79位(90.067)
    • 男子跳馬:89位(14.267)
    • 男子鉄棒:73位(15.534)
    • 男子平行棒:73位(14.833)
    • 男子徒手:56位(16.266)
  • 曽根道貫(日体出)
    • 男子あん馬:59位(15.967)
    • 男子つり輪:41位(16.700)
    • 男子個人総合:73位(92.299)
    • 男子跳馬:59位(15.966)
    • 男子鉄棒:89位(13.300)
    • 男子平行棒:90位(13.133)
    • 男子徒手:30位(17.233)
  • 武田義孝(日体出)
    • 男子あん馬:67位(15.200)
    • 男子つり輪:67位(17.733)
    • 男子個人総合:43位(100.466)
    • 男子跳馬:31位(17.200)
    • 男子鉄棒:33位(17.733)
    • 男子平行棒:24位(17.677)
    • 男子徒手:42位(16.966)
  • 野坂浩(慶大)
    • 男子あん馬:42位(17.100)
    • 男子つり輪:72位(15.133)
    • 男子個人総合:68位(93.798)
    • 男子跳馬:96位(13.533)
    • 男子鉄棒:76位(15.266)
    • 男子平行棒:25位(17.533)
    • 男子徒手:77位(15.233)
  • 有本彦六(日体出)
    • 男子あん馬:51位(16.434)
    • 男子つり輪:51位(16.400)
    • 男子個人総合:54位(96.432)
    • 男子跳馬:47位(16.633)
    • 男子鉄棒:71位(15.666)
    • 男子平行棒:78位(14.133)
    • 男子徒手:35位(17.166)
  • 有本彦六角田不二夫曽根道貫武田義孝遠山喜一郎野坂浩松延博三宅芳夫
    • 男子団体総合:9位(570.827)

サッカー[編集]

役員:鈴木重義
役員:工藤孝一
役員:小野卓爾
役員:竹腰重丸

バスケットボール[編集]

役員:浅野延秋
役員:三橋誠
役員:高橋太郎
役員:竹崎道雄

ホッケー[編集]

役員:加藤真一
役員:石川周策
役員:宇佐美敏夫

レスリング[編集]

役員:山本千春
役員:八田一朗

  • 吉岡秀市(明大)
    • グレコローマン・フェザー級:3回戦敗退
  • 水谷光三(明大)
    • フリースタイル・フェザー級:6位
  • 増富省一(早大)
    • フリースタイル・ウエルター級:2回戦敗退
  • 丹波幸次郎(早大出)
    • フリースタイル・バンタム級:2回戦敗退
  • 風間栄一(早大)
    • フリースタイル・ライト級:5位

ボクシング[編集]

役員:鹿毛善光
役員:坂口信夫

ヨット[編集]

役員:吉本祐一
役員:小沢吉太郎

  • 藤村紀雄(早大出)
    • オリンピックヨレ:22位(55.00)
  • 財部實(慶大出)・三井卓雄(九大出)・小澤吉太郎(出場せず)・龍野一彦(九大、出場せず)
    • スター級:11位(記録調査中)
  • 吉本善太(同大出)
    • 出場せず

ボート[編集]

役員:東俊郎
役員:中原乾二
役員:高木公三郎
役員:久保勘三郎
役員:瀬田修平
役員:千葉五郎
役員:高島勇

  • 安部収(早大)・満留勉(早大)・手島太郎(早大、かじ)
    • かじ付きペア:敗者復活戦敗退(9分06秒3)
  • 遠藤与一(早大)・白坂力(早大)・畠山孝(早大)・山田太一(早大)・手島太郎(かじ)
    • かじ付きフォア:敗者復活戦敗退(8分14秒40)
  • 柏原勝(東大)・北村修(東大)・鈴木善照(東大出)・関川主水(東大)・中川春好(東大)・根岸正(東大)・堀武男(東大)・三田勇(東大)・霜島正(東大、かじ)・八木進(東大出、出場せず)・米谷利治(東大出、出場せず)
    • エイト:敗者復活戦敗退(6分42秒03)

馬術[編集]

役員:遊佐幸平
役員:浅本俊一

  • 稲波弘次(騎兵中尉、馬名:ギャロッピングゴースト)
    • 総合馬術個人:失権
  • 稲波弘次(馬名:朝富士)
    • 障害飛越個人:35位
  • 岩橋学(騎兵中尉、馬名:ファレーズ)
    • 障害飛越個人:14位
  • 松井麻之助(騎兵大尉、馬名:紫星)
    • 総合馬術個人:失権
  • 西竹一(騎兵大尉、馬名:アスコット
    • 総合馬術個人:12位
  • 西竹一(馬名:ウラヌス
    • 障害飛越個人:20位
  • 稲波弘次・岩橋学(馬名:ファレーズ)・西竹一(馬名:ウラヌス
    • 障害飛越団体:6位
  • 大瀧清太郎(騎兵大尉)
    • 障害飛越:出場せず

芸術競技[編集]

本部[編集]

  • 選手団団長:平沼亮三
  • 本部役員:田畑政治
  • 本部役員:香山蕃
  • 本部役員:李相佰
  • 本部役員:浅野均一
  • 本部役員:宮木昌常
  • 本部役員:小山勝次
  • 本部役員:石田真七
  • 本部役員:清水康男
  • 本部役員:松本滝蔵
  • 本部役員:麻生武治
  • 本部役員:白山源三郎
  • 本部役員:鶴岡英吉
  • 本部役員:平沼五郎
  • 本部役員:坂入虎四郎
ほかに嘉納治五郎IOC委員)を含む。

出来事[編集]

ベルリンまでの選手団の移動は、主に陸路が選択された[2]東京から下関まで丸1日、そこから船で6時間かけて釜山に入り、満州里まで50時間、そこでシベリア鉄道に乗り換えてモスクワまで7日、ワルシャワ経由でベルリンのベルリン=フリードリヒ通り駅まで3日を要した[3]。ベルリンに着くと、軍服姿の選手村の村長が日本陸軍式の敬礼で出迎え、選手団を驚かせたという[4]。選手らは移動中、途中停車駅でトレーニングを行った[4]

選手村は空軍将校宿舎であったが、当初日本に割り当てられたのは一段設備の落ちる下士官用の宿舎であった[5]。他国を優先し、ドイツの友好国である日本に遠慮してもらうという意図であったが、選手団役員の田畑政治の直談判により将校宿舎に入舎することができた[5]

ベルリンの街では、どこへ行っても「ハイル・ヒトラー」が挨拶代わりに交わされていた[6]。これを見ていた日本の若い選手の間では「ハイル・ヒトラー」が流行語となった[6]

オリンピックが終了すると、開催国ドイツの外国人選手への態度が急に冷たくなり、日本選手団への対応も同様であった[6]。日本の水泳チームはオリンピックの後ロンドンへ行く予定でエールフランス機を予約していたが、ドイツの軍人が割り込んできて搭乗できなかった[7]。ところがそのエールフランス機は墜落事故を起こし、乗客乗員は全員死亡してしまった[8]。日本の水泳チームは、軍人の割り込みに命を救われることとなった[9]

参考文献[編集]

  • 日本オリンピック委員会監修 『近代オリンピック100年の歩み』 ベースボール・マガジン社、1994年
  • 杢代哲雄『評伝 田畑政治 オリンピックに生涯をささげた男』国書刊行会〈新装版〉、2018年6月25日、289頁。ISBN 978-4-336-06267-3。

脚注[編集]

  1. ^ もとはマラソン代表であったが、出場枠の3人に絞る現地予選で棄権したため、出場種目を変更した。下記外部リンクでは「マラソン」とされており、大日本体育協会の公式報告書の選手一覧でも「マラソン」とされているが、Sports-Reference.comでは10000mのみが記載されている。
  2. ^ 杢代 2018, p. 93.
  3. ^ 杢代 2018, pp. 93-94.
  4. ^ a b 杢代 2018, p. 94.
  5. ^ a b 杢代 2018, p. 97.
  6. ^ a b c 杢代 2018, p. 95.
  7. ^ 杢代 2018, p. 98.
  8. ^ 杢代 2018, pp. 98-99.
  9. ^ 杢代 2018, p. 99.