1948年の阪急ブレーブス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
1948年の阪急ブレーブス
成績
レギュラーシーズン4位
66勝68敗6分 勝率.493[1]
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
阪急西宮球場
Hankyu-Nishinomiya-Stadium-2.jpg
球団組織
オーナー 小林一三
経営母体 阪急電鉄
監督 浜崎真二
« 1947
1949 »

1948年の阪急ブレーブスでは、1948年シーズン阪急ブレーブスの動向をまとめる。

この年の阪急ブレーブスは、浜崎真二選手兼任監督の2年目(途中就任の前年含む)のシーズンである。

概要[編集]

ニックネームが「ブレーブス」に定められた前年、チームは戦後初の優勝が期待されたが開幕から阪神がダッシュすると後塵を拝する苦しい戦いで、6月に西村正夫前監督が辞任し、浜崎真二監督が就任。浜崎監督が就任後、チームは借金を返済してAクラスの4位を勝ちとった。このままいけば戦後初優勝と思われたが、4月は7勝9敗で開幕ダッシュに失敗。5月に13勝6敗と大きく勝ち越して借金返済も、7月2日から9連敗後も6勝1敗と持ち直すなど好不調の波が激しかった。その後も勝率5割前後での戦いが続き9月に3試合連続2ケタ得点で3連勝など打線が打ちまくり、12勝7敗と勝ち越す。しかし10月20日から引き分け挟んで1勝10敗と負け越し、最終的に66勝68敗6分で2年連続のAクラスに入ったが優勝の南海に20ゲームをつけられた。チームは優勝の南海に11勝9敗と勝ち越すも、2位の巨人に5勝15敗と大きく負け越したのが響いた。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 山田伝
2 平井正明
3 塚本博睦
4 野口明
5 楠安夫
6 小前博文
7 安井鍵太郎
8 天保義夫
9 上田藤夫
1948年日本野球連盟順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 南海 -- 南海 -- 南海 -- 大阪 -- 南海 -- 南海 -- 南海 --
2位 大陽 4.0 阪急 6.0 大阪 4.5 南海 0.5 大阪 4.0 巨人 2.5 巨人 5.0
3位 中日 4.5 大阪 7.0 阪急 8.0 巨人 6.0 巨人 7.0 阪急 11.0 大阪 17.0
4位 大阪 5.0 金星 7.5 金星 10.0 阪急 7.0 阪急 12.5 大阪 11.0 阪急 20.0
5位 阪急 6.0 中日 11.0 巨人 13.5 金星 7.5 大陽 14.0 大陽 13.0 急映 24.5
6位 巨人 6.0 巨人 11.5 急映 15.0 中日 11.5 中日 15.0 金星 15.0 大陽 25.5
7位 急映 7.0 急映 12.0 大陽 15.5 急映 13.5 金星 15.5 急映 20.0 金星 25.5
8位 金星 7.5 大陽 13.0 中日 17.5 大陽 14.0 急映 20.0 中日 23.5 中日 34.5
1948年日本野球連盟最終成績
順位 球団 勝率
優勝 南海ホークス 87 49 4 .640 -
2位 読売ジャイアンツ 83 55 2 .601 5.0
3位 大阪タイガース 70 66 4 .515 17.0
4位 阪急ブレーブス 66 68 6 .493 20.0
5位 急映フライヤーズ 59 70 11 .457 24.5
6位 大陽ロビンス 61 74 5 .452 25.5
7位 金星スターズ 60 73 7 .451 25.5
8位 中日ドラゴンズ 52 83 5 .385 34.5

選手・スタッフ[編集]

[2]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ 年度別成績 1948年 日本野球連盟”. 日本野球機構. 2017年8月8日閲覧。
  2. ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。