1955年の日本競馬

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馬齢は旧表記で統一する。

概要[編集]

できごと[編集]

1月 - 3月[編集]

4月 - 6月[編集]

7月 - 9月[編集]

10月 - 12月[編集]

  • 10月4日 - 競馬法が改正され、繋駕速歩競走側対歩競走が追加される[3]
  • 10月4日 - 荒尾競馬組合が設立される[3]
  • 11月1日 - 日本中央競馬会の組織規程が改正され、審判室などが設けられる[3]
  • 11月12日 - 競馬施行規程が一部改正され、出走可能となる馬の年齢を3歳(満2歳)とした[3]
  • 11月18日 - 日本中央競馬会が、京阪神不動産株式会社との間に阪神競馬場の買収契約を結び、12月29日に取得が完了した[3]
  • 12月24日 - 第4回阪神競馬第7日第6競走(アラブ障碍特別、2,600m、ハンデキャップ戦)にて、フライヤー(牡5歳、阪神:清水茂次厩舎)が、第5号障害飛越の際に蹉跌転倒し、その煽りで同馬に騎乗した大柳英雄(阪神:清水茂次厩舎)が頭部を激打、直ちに救護所に運ばれたが頭蓋骨内脳出血により死亡が確認された[4]
  • 12月27日 - 12月24日に競走中の事故で死亡した騎手:大柳英雄の日本中央競馬会葬が、阪神競馬場にて執り行われた[4]
  • 12月29日 - 日本中央競馬会の国庫納付金等の臨時特例に関する法律(有馬特例法[5])が公布(施行は1956年1月1日)[3]

その他[編集]

競走成績[編集]

中央競馬の主な競走[編集]

誕生[編集]

この年に生まれた競走馬は1958年のクラシック世代となる。

競走馬[編集]

人物[編集]

死去[編集]

競走馬・種牡馬[編集]

人物[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 競馬歴史新聞編集委員会『新版競馬歴史新聞』日本文芸社、2004年。ISBN 4-537-25205-7。
  • 一般社団法人 中央競馬振興会『日本近代競馬総合年表』中央競馬ピーアール・センター、2018年。
  • 優駿』2020年11月号 通巻923号、中央競馬ピーアール・センター、2020年10月24日。
    • 須田鷹雄「ニッポン競馬"外国"への開放!」56頁

注釈[編集]

  1. ^ 記事文中では、故人の表記が『東原玉蔵』になっている。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 『総合年表』p.172
  2. ^ 優駿』2020年11月号 56頁
  3. ^ a b c d e f g h i j 『総合年表』p.173
  4. ^ a b 『優駿』1956年2月号 23頁「大柳騎手の殉職を悼む」参照
  5. ^ 有馬特例法 JRA競馬用語辞典
  6. ^ 『優駿』1956年2月号 22頁「東原調教師の逝去を悼む」