1955年の西鉄ライオンズ

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1955年の西鉄ライオンズ
成績
パシフィック・リーグ2位
90勝50敗4分 勝率.643[1]
本拠地
都市 福岡県福岡市
球場
平和台野球場
1954 0602 Heiwadai Baseball stadium 1st night geme.jpg
球団組織
経営母体 西日本鉄道
監督 三原脩
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1955年の西鉄ライオンズでは、1955年の西鉄ライオンズにおける動向をまとめる。

この年の西鉄ライオンズは、三原脩監督の5年目のシーズンである。

概要[編集]

前年の日本シリーズで惜しくも中日に敗れたものの、念願のパ・リーグ優勝を果たしたチームはこの年から1番に仰木彬を入れ、その後に豊田泰光中西太大下弘高倉照幸が入る打線は「流線型打線」と言われ、パ他球団の脅威の的となった。2連覇を果たすべくチームは開幕ダッシュした南海に0.5ゲーム差で食らいつき、5月に首位を奪取。その後も一度首位に立つなど南海と8月までデッドヒートを演じたが、エースの大津守をはじめ、河村英文西村貞朗川崎徳次といった主力投手に疲れが見えた9月以降は南海が西鉄とのゲーム差を広げていき、最終的に南海に優勝をさらわれ2連覇はならなかった。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 仰木彬
2 豊田泰光
3 中西太
4 大下弘
5 関口清治
6 中谷準志
7 高倉照幸
8 日比野武
9 長坂衛
1955年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 南海 -- 西鉄 -- 南海 -- 西鉄 -- 南海 -- 南海 -- 南海 --
2位 西鉄 0.5 南海 1.5 西鉄 2.0 南海 0.0 西鉄 2.5 西鉄 4.5 西鉄 9.0
3位 毎日 1.5 毎日 4.5 毎日 4.5 毎日 9.0 毎日 10.0 毎日 11.5 毎日 14.0
4位 阪急 7.5 阪急 10.0 近鉄 14.0 阪急 11.0 阪急 13.5 阪急 18.0 阪急 19.0
5位 近鉄 9.5 近鉄 10.5 阪急 14.5 近鉄 19.0 近鉄 26.5 近鉄 28.0 近鉄 39.0
6位 東映 10.5 大映 16.5 東映 23.0 大映 29.0 大映 34.0 大映 41.5 大映 46.0
7位 トンボ 12.0 トンボ 17.5 大映 23.5 東映 29.5 東映 37.0 東映 44.0 東映 48.0
8位 大映 14.5 東映 18.0 トンボ 26.5 トンボ 34.5 トンボ 44.5 トンボ 51.5 トンボ 57.0
1955年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 南海ホークス 99 41 3 .707 -
2位 西鉄ライオンズ 90 50 4 .643 9.0
3位 毎日オリオンズ 85 55 2 .607 14.0
4位 阪急ブレーブス 80 60 2 .571 19.0
5位 近鉄パールス 60 80 2 .429 39.0
6位 大映スターズ 53 87 1 .379 46.0
7位 東映フライヤーズ 51 89 3 .364 48.0
8位 トンボユニオンズ 42 98 1 .300 57.0

オールスターゲーム1955[編集]

監督 コーチ ファン投票 監督推薦
三原脩 石本秀一 中西太
大下弘
河村久文
西村貞朗
大津守
日比野武
中谷準志
豊田泰光
関口清治

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

[2]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
中西太 首位打者 .332 初受賞
本塁打王 35本 3年連続3度目
河村久文 最多奪三振 225個 初受賞
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
中西太 三塁手 3年連続3度目

脚注[編集]

  1. ^ 年度別成績 1955年 パシフィック・リーグ”. 日本野球機構. 2017年4月23日閲覧。
  2. ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。