1958年の阪急ブレーブス

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1958年の阪急ブレーブス
成績
パシフィック・リーグ3位
73勝51敗6分 勝率.585[1]
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
阪急西宮球場
Hankyu-Nishinomiya-Stadium-2.jpg
球団組織
オーナー 小林米三
経営母体 阪急電鉄
監督 藤本定義
« 1957
1959 »

1958年の阪急ブレーブスでは、1958年の阪急ブレーブスの動向をまとめる。

この年の阪急ブレーブスは、藤本定義監督の2年目のシーズンである。

概要[編集]

藤本体制2年目のチームは球団創設23年目での初優勝が期待されたが、4月を5勝11敗1分で終える最悪のスタート。それでもこの年は前年後半にプロ入り初勝利をあげた秋本祐作が14勝4敗で最高勝率を獲得するなど、梶本隆夫米田哲也に続く投手陣第三のエースが誕生した。秋本・梶本・米田ら投手陣の踏ん張り、ロベルト・バルボン河野旭輝の俊足1・2番コンビ、中田昌宏、この年新人の本屋敷錦吾といった打撃陣の活躍で5月に16勝5敗1分と勝ち越して借金を返済。6月と7月と8月にそれぞれ5連勝を記録して3か月で貯金13を稼ぎ首位快走の南海をマークしたが、9月16日から1勝8敗と大きく負け越す間に2連覇中の西鉄が13連勝などで首位を奪還すると、チームは南海共々西鉄に引き離され、73勝51敗6分の貯金22ながらも3位に終わり藤本監督の悲願である優勝はならなかった。投手陣は秋本・梶本・米田らの活躍で53完投とリーグ1位で、防御率も西鉄・南海に次ぐ3位と好調だった。打撃陣はバルボン・河野らが走りまくってリーグ1位の176盗塁をマークするも、長打不足に泣き41本塁打はリーグ4位に終わった。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 バルボン
2 河野旭輝
3 川合幸三
4 中田昌宏
5 岡本健一郎
6 渡辺清
7 本屋敷錦吾
8 山下健
9 梶本隆夫
1958年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 南海 -- 南海 -- 南海 -- 南海 -- 南海 -- 西鉄 --
2位 西鉄 1.0 西鉄 3.5 阪急 5.5 阪急 6.5 阪急 3.0 南海 1.0
3位 東映 3.0 阪急 4.0 西鉄 6.5 西鉄 10.5 西鉄 3.0 阪急 4.5
4位 大毎 5.0 大毎 4.5 大毎 9.5 大毎 12.5 大毎 13.5 大毎 16.0
5位 阪急 7.5 東映 7.5 東映 12.5 東映 17.0 東映 14.0 東映 22.0
6位 近鉄 10.5 近鉄 19.5 近鉄 29.0 近鉄 37.5 近鉄 38.5 近鉄 49.5
1958年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 西鉄ライオンズ 78 47 5 .619 -
2位 南海ホークス 77 48 5 .612 1.0
3位 阪急ブレーブス 73 51 6 .585 4.5
4位 毎日大映オリオンズ 62 63 5 .496 16.0
5位 東映フライヤーズ 57 70 3 .450 22.0
6位 近鉄パールス 29 97 4 .238 49.5

[1]

オールスターゲーム[編集]

コーチ 藤本定義
ファン投票 バルボン
監督推薦 梶本隆夫 米田哲也 山下健

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

[2]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
バルボン 盗塁王 38個 初受賞
秋本祐作 最高勝率 .778 初受賞
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
バルボン 二塁手 初受賞

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 年度別成績 1958年 パシフィック・リーグ”. 日本野球機構. 2017年5月24日閲覧。
  2. ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。