1969年の阪神タイガース

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1969年の阪神タイガース
成績
セントラル・リーグ2位
68勝59敗3分 勝率.535[1]
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
阪神甲子園球場
Hanshin Koshien Stadium 2007-21.jpg
球団組織
オーナー 野田誠三
経営母体 阪神電気鉄道
監督 後藤次男
« 1968
1970 »

1969年の阪神タイガース(1969ねんのはんしんタイガース)では、1969年の阪神タイガースの動向をまとめる。

この年の阪神タイガースは、後藤次男が1年だけ監督を務めたシーズンである。

概要[編集]

前年のドラフト会議で田淵幸一の1位指名に成功したチームは前年2位に浮上したことから、開幕前は優勝候補にあげられた。前年2位の勢いそのままスタートダッシュを図り巨人などが追いかける展開。しかし、6月に入ると4連覇中の巨人が首位を奪還すると徐々にゲーム差が広がり最終的には前年と同じく6.5ゲーム差の2位に終わった。投手陣ではジーン・バッキー近鉄に移籍したものの、前年401奪三振の江夏豊や投手コーチ兼任の村山実、もう一人のベテラン若生智男が健在で優勝の巨人に次ぐ47完投をあげ、防御率は2.41でリーグ1位だった。打撃陣では全体で.222のリーグ5位、本塁打も114本でリーグ最下位と低迷した。ルーキー田淵は低打率にあえいだものの、後藤監督の辛抱強い起用により5月からはレギュラー捕手に定着。最終的に22本塁打を放ち、江夏と黄金バッテリーを形成した。シーズン終了後、2度の優勝に1番打者として貢献した吉田義男藤田平の成長を見届けて引退した。後藤監督は来年以降も指揮を執る予定だったが、村山兼任コーチが翌シーズンの監督に就任し後藤監督は1年でお役御免となった。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 藤田平
2 小玉明利
3 ゲインズ
4 カークランド
5 遠井吾郎
6 藤井栄治
7 辻恭彦
8 江夏豊
9 吉田義男
1969年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島 --- 阪神 --- 巨人 --- 巨人 --- 巨人 --- 巨人 --- 巨人 ---
2位 阪神 1.0 巨人 1.0 阪神 3.0 阪神 4.5 阪神 4.0 阪神 9.0 阪神 6.5
3位 巨人 1.0 大洋 中日 3.5 中日 7.0 大洋 7.5 大洋 9.5 大洋 11.0
4位 大洋 1.5 広島 3.0 大洋 6.0 大洋 7.5 アトムズ 8.0 中日 11.0 中日 14.0
5位 アトムズ 中日 4.0 広島 7.5 アトムズ 10.0 中日 12.5 アトムズ 14.5 アトムズ 16.5
6位 中日 4.0 アトムズ 6.0 アトムズ 10.0 広島 10.0 広島 13.0 広島 18.0 広島 18.0
1969年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 読売ジャイアンツ 73 51 6 .589 -
2位 阪神タイガース 68 59 6 .535 6.5
3位 大洋ホエールズ 61 61 7 .500 11.0
4位 中日ドラゴンズ 59 65 6 .476 14.0
5位 アトムズ 58 69 3 .457 16.5
6位 広島東洋カープ 56 70 4 .444 18.0

[1]

オールスターゲーム1969[編集]

コーチ ファン投票 監督推薦
後藤次男 江夏豊
田淵幸一
藤田平
村山実
若生智男

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
田淵幸一 新人王
江夏豊 最優秀防御率 1.81 初受賞
最多奪三振 262個 3年連続3度目
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
藤田平 遊撃手 2年ぶり2度目

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 上田二朗 投手 東海大学 入団
2位 林伸男 外野手 西濃運輸 拒否
3位 但田裕介 投手 堀越高 入団
4位 上西博昭 投手 三重高 拒否・中京大学進学
5位 佐藤正治 外野手 河合楽器 入団
6位 樋野和寿 内野手 松山商業高 拒否・明治大学進学
7位 池島和彦 投手 三協精機 入団

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]