1973年の近鉄バファローズ

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1973年の近鉄バファローズ
成績
パシフィック・リーグ6位
年間6位:42勝83敗5分 勝率.336
後期6位:19勝45敗1分 勝率.297
前期6位:23勝38敗4分 勝率.377[1]
本拠地
都市 大阪府大阪市
球場
日本生命球場
Nissay-Stadium.jpg
球団組織
オーナー 佐伯勇
経営母体 近畿日本鉄道
監督 岩本尭(9月27日まで)
島田光二(9月28日から代理)
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1974 »

1973年の近鉄バファローズでは、1973年の近鉄バファローズの動向をまとめる。

この年の近鉄バファローズは、岩本尭監督の3年目のシーズンである。

概要[編集]

長く低迷を続けたチームが1969年から4年連続のAクラスとなったのを受け、親会社の近畿日本鉄道は老朽化していた藤井寺球場を改修してナイター設備を設置することになったが、沿線住民の反発で鉄塔の建設後すぐに工事は中断され、日本生命球場がしばらくメイン本拠地として使用されることになった。さしたる大型補強はなかったが2位になったこともあり、チームは優勝候補にあげられた。しかし、前期開幕後から主力選手に故障者が続出すると前期優勝の南海の独走を許し、最下位で終了。後期に入ってもチームの成績不振は止まらず終盤には岩本監督が休養して島田光二打撃コーチが代理監督となるが、後期も最下位に沈み、最終的に総合成績でも1967年以来の最下位に転落。投手陣は大黒柱の鈴木啓示が11勝をあげたがそれに続いたのは神部年男の7勝で、前年防御率1位の清俊彦がリーグ最多の17敗を喫した上に最多失点、さらに清や鈴木らとともに投手陣を支えた佐々木宏一郎がわずか2勝に終わるなどの誤算が相次いだ。打撃陣は4番の土井正博が打率リーグ3位に食い込み、小川亨がチーム2位の19本塁打を記録するも後の選手は不調で、この年から三塁のレギュラーとなった羽田耕一はリーグ最多の27失策を記録するなど全体で129失策を記録した。シーズン終了後、佐伯オーナーは阪急の監督を勇退したばかりの西本幸雄を新監督に招聘し、ユニフォームもプルオーバー式に一新されることになる。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 小川亨
2 安井智規
3 永淵洋三
4 土井正博
5 クォルス
6 近藤和彦
7 一枝修平
8 鈴木啓示
9 辻佳紀
1973年パシフィック・リーグ順位変動
前期
順位 4月終了時 5月終了時 前期最終
1位 太平洋 -- 南海 -- 南海 --
2位 ロッテ 1.0 ロッテ 3.5 ロッテ 2.0
3位 南海 3.0 太平洋 7.0 阪急 3.5
4位 日拓 4.5 阪急 10.0 太平洋 5.0
5位 阪急 5.0 日拓 12.0 日拓 12.0
6位 近鉄 7.5 近鉄 13.5 近鉄 13.5
後期
順位 8月終了時 9月終了時 後期最終
1位 阪急 -- 阪急 -- 阪急 --
2位 日拓 7.0 ロッテ 6.5 ロッテ 5.5
3位 ロッテ 7.5 日拓 11.5 南海 13.0
4位 南海 10.0 南海 12.5 日拓
5位 太平洋 11.0 太平洋 15.5 太平洋 15.5
6位 近鉄 15.5 近鉄 23.0 近鉄 25.0
前期成績
順位 球団 勝率
優勝 南海ホークス 38 26 1 .594 --
2位 ロッテオリオンズ 35 27 3 .565 2.0
3位 阪急ブレーブス 34 29 2 .540 3.5
4位 太平洋クラブライオンズ 32 30 3 .516 5.0
5位 日拓ホームフライヤーズ 25 37 3 .403 12.0
6位 近鉄バファローズ 23 38 4 .377 13.5
後期成績
順位 球団 勝率
優勝 阪急ブレーブス 43 19 3 .694 --
2位 ロッテオリオンズ 35 22 8 .614 5.5
3位 南海ホークス 30 32 3 .484 13.0
日拓ホームフライヤーズ 30 32 3 .484 13.0
5位 太平洋クラブライオンズ 27 34 4 .443 15.5
6位 近鉄バファローズ 19 45 1 .377 25.0
1973年パシフィック・リーグ年間成績
順位 球団 勝率
優勝 南海ホークス 68 58 4 .540
2位 阪急ブレーブス 77 48 5 .616
3位 ロッテオリオンズ 70 49 11 .588
4位 太平洋クラブライオンズ 59 64 7 .480
5位 日拓ホームフライヤーズ 55 69 6 .444
6位 近鉄バファローズ 42 83 5 .336

*優勝はプレーオフで決定。2位以下はプレーオフの結果に関係なく勝率順で決定 [1]

オールスターゲーム1973[編集]

コーチ 岩本尭
ファン投票 選出なし
監督推薦 太田幸司 鈴木啓示 土井正博

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

[2][3]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし
ダイヤモンドグラブ賞
選出なし

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 栗橋茂 外野手 駒澤大学 入団
2位 有田二三男 投手 北陽高 入団
3位 上林成行 投手 クラレ岡山 入団
4位 藤沢公也 投手 日本鉱業佐賀関 拒否
5位 酒井増夫 投手 八幡浜工業高 入団
6位 太田清春 投手 西濃運輸 入団

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 年度別成績 1973年 パシフィック・リーグ”. 日本野球機構. 2017年7月30日閲覧。
  2. ^ ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 138 
  3. ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。