1978年のオールスターゲーム (日本プロ野球)

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1978年のオールスターゲームは、1978年7月に行われた同年度の日本プロ野球オールスターゲームである。

1978年のオールスター
Previous: 1977 Next: 1979

概要[編集]

前年、日本一を達成した阪急ブレーブス上田利治監督が全パ(オールパシフィック・リーグ)を率い、セ・リーグ連覇を果たした読売ジャイアンツ長嶋茂雄監督が全セ(オールセントラル・リーグ)の指揮を執るはずであったが、上田がオールスター直前になって急病のために入院。南海ホークス広瀬叔功監督が監督代行として全パを指揮した。

ファン投票開始とともに日本ハム球団が自軍の選手が選出されるようファンに働きかけたことで1球団としては最多の8ポジションを日本ハム勢が占める結果となった。これが「ファン投票の公正さを欠く」として問題化し、事態を重く見た日本ハム側が2選手の出場辞退を決めた。

 投手   高橋直樹
 捕手   加藤俊夫
 一塁手   柏原純一
 二塁手   富田勝
 三塁手   古屋英夫 出場辞退
 遊撃手   菅野光夫 出場辞退
 外野手   ボビー・ミッチェル
 外野手   千藤三樹男
なお外野のもう1ポジションは阪急福本豊が獲得。

第1戦は全セ7番エイドリアン・ギャレット広島)が三振をまたいでのオールスター記録となる1試合3本塁打を放つ。その興奮冷めやらぬ第3戦、今度は同じ全セの掛布雅之阪神)が3打席連続本塁打をかっ飛ばした。無論、オールスター記録である。対する全パも第2戦、山田久志(阪急)-鈴木啓示近鉄)-東尾修クラウンライター)の投手リレーで全セを完封した。

選出選手[編集]

セントラル・リーグ[1] パシフィック・リーグ[1]
監督 長嶋茂雄 巨人 監督 上田利治 阪急
コーチ 広岡達朗 ヤクルト コーチ 広瀬叔功 南海
中利夫 中日 徳武定之 ロッテ
中田昌宏 阪急
投手 鈴木康二朗 ヤクルト 2 投手 高橋直樹 日本ハム 3
小林繁 巨人 3 佐伯和司 日本ハム 3
新浦寿夫 巨人 3 村田兆治 ロッテ 6
井原慎一朗 ヤクルト 東尾修 クラウン 5
鈴木孝政 中日 4 藤田学 南海 2
堂上照 中日 鈴木啓示 近鉄 12
山本和行 阪神 2 柳田豊 近鉄
松原明夫 広島 山田久志 阪急 7
江夏豊 広島 11 山口高志 阪急 4
斉藤明雄 大洋 佐藤義則 阪急
野村収 大洋 3
高橋重行 大洋 3
捕手 田淵幸一 阪神 9 捕手 加藤俊夫 日本ハム 4
大矢明彦 ヤクルト 5 有田修三 近鉄 2
木俣達彦 中日 7 中沢伸二 阪急 3
一塁手 王貞治 巨人 19 一塁手 柏原純一 日本ハム
二塁手 ヒルトン ヤクルト 二塁手 富田勝 日本ハム 2
三塁手 角富士夫 ヤクルト 三塁手 古屋英夫 日本ハム
遊撃手 山下大輔 大洋 3 遊撃手 菅野光夫 日本ハム
内野手 松原誠 大洋 11 内野手 加藤秀司 阪急 7
掛布雅之 阪神 3 マルカーノ 阪急 3
河埜和正 巨人 2 島谷金二 阪急 4
真弓明信 クラウン
有藤通世 ロッテ 9
藤原満 南海 3
外野手 若松勉 ヤクルト 7 外野手 ミッチェル 日本ハム
山本浩二 広島 6 福本豊 阪急 8
柴田勲 巨人 12 千藤三樹男 日本ハム
張本勲 巨人 19 栗橋茂 近鉄
高木嘉一 大洋 2 佐々木恭介 近鉄 2
ギャレット 広島 土井正博 クラウン 14
簑田浩二 阪急
  • 太字はファン投票で選ばれた選手。

試合結果[編集]

試合 試合日 球場 開始時刻 勝利 スコア 敗戦 MVP 入場者数
第1戦 7月22日(土) 広島 18時34分 セントラル 7 - 5 パシフィック A.ギャレット 29137人
第2戦 7月23日(日) 甲子園 18時30分 パシフィック 9 - 0 セントラル 簑田浩二 37787人
第3戦 7月25日(火) 後楽園 18時30分 セントラル 8 - 5 パシフィック 掛布雅之 39233人

第1戦[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
全パ 0 0 0 0 3 0 0 0 2 5 12 0
全セ 0 3 0 2 1 0 0 1 X 7 7 0
  1. パ : ●高橋直()、藤田)、佐藤義)、柳田)-加藤俊(日)、中沢(急)
  2. セ : ○松原()、井原)、鈴木孝)、江夏(広)、高橋)-田淵)、大矢(ヤ)、木俣(中)
  3. : 松原(1勝)  : 高橋直(1敗)  
  4. :  パ – ミッチェル(日)1号(ソロ・高橋)  セ – ギャレット(広)1号(3ラン・高橋直)・2号(2ラン・藤田)・3号(ソロ・柳田)
  5. 審判:球審…寺本(パ)、塁審…富沢(セ)・久喜(パ)・平光(セ)、外審…林達(パ)・竹元(セ)
  6. 試合時間:2時間23分

オーダー[編集]

パシフィック
打順守備選手
1[中]福本豊
2[右]簑田浩二
3[一]加藤秀司
4[左]土井正博
5[二]マルカーノ
6[遊]有藤通世
7[三]島谷金二
8[捕]加藤俊夫
9[投]高橋直樹
セントラル
打順守備選手
1[二]ヒルトン
2[右]若松勉
3[中]山本浩二
4[一]王貞治
5[捕]田淵幸一
6[三]掛布雅之
7[左]ギャレット
8[遊]山下大輔
9[投]松原明夫


第2戦[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
全パ 2 0 0 0 1 0 3 3 0 9 16 0
全セ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4 1
  1. パ : ○山田(急)、鈴木啓(近)、S東尾() -中沢、有田(近)、加藤俊
  2. セ : ●山本和(神)、堂上(中)、斉藤明(洋)、新浦)-田淵
  3. : 山田(1勝)  : 山本和(1敗)  S: 東尾 (1S)  
  4. 審判:球審…山本文(セ)、塁審…林達(パ)・竹元(セ)・久喜(パ)、外審…平光(セ)・前川(パ)
  5. 試合時間:2時間17分


オーダー[編集]

パシフィック
打順守備選手
1[中]福本豊
2[右]簑田浩二
3[二]マルカーノ
4[左]土井正博
5[三]島谷金二
6[一]柏原純一
7[遊]真弓明信
8[捕]中沢伸二
9[投]山田久志
セントラル
打順守備選手
1[二]ヒルトン
2[右]若松勉
3[中]山本浩二
4[一]王貞治
5[捕]田淵幸一
6[三]掛布雅之
7[左]ギャレット
8[遊]河埜和正
9[投]山本和行


第3戦[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
全セ 0 0 0 1 5 0 0 2 0 8 9 1
全パ 0 2 0 1 0 0 0 0 2 5 10 0
  1. セ : 小林(巨)、○野村(洋)、鈴木康(ヤ)、鈴木孝、堂上、松原、S江夏-大矢、木俣
  2. パ : 村田)、●佐伯(日)、佐藤義、藤田、山口(急)、柳田-有田、加藤俊、中沢
  3. : 野村(1勝)  : 佐伯(1敗)  S: 江夏 (1S)  
  4. :  セ – 掛布(神)1号(ソロ・佐伯)・2号(ソロ・佐藤義)・3号(ソロ・山口)、山本浩(広)1号(ソロ・山口)  パ – 藤原(南)1号(2ラン・小林)
  5. 審判:球審…前川(パ)、塁審…平光(セ)・林達(パ)・富沢(セ)、外審…寺本(パ)・山本文(セ)
  6. 試合時間:2時間22分

オーダー[編集]

セントラル
打順守備選手
1[中]柴田勲
2[二]ヒルトン
3[三]掛布雅之
4[右]王貞治
5[一]田淵幸一
6[左]ギャレット
7[遊]河埜和正
8[捕]大矢明彦
9[投]小林繁
パシフィック
打順守備選手
1[中]福本豊
2[右]簑田浩二
3[一]加藤秀司
4[左]ミッチェル
5[遊]有藤通世
6[二]富田勝
7[三]藤原満
8[捕]有田修三
9[投]村田兆治


テレビ・ラジオ中継[編集]

テレビ中継[編集]

  • 第1戦:7月22日
  • 第2戦:7月23日
  • 第3戦:7月25日
  • NHK総合における生中継はこの年が最後である。
  • 日本ハム主管ながら、テレビ朝日でなく日本テレビでの放送となったのは、この当時、テレビ朝日が日本ハム主催ゲームの放映権をほとんど行使せず、日本テレビ・フジテレビ東京12チャンネルに譲渡していたため。

ラジオ中継[編集]

  • 第1戦:7月22日
  • 第2戦:7月23日
  • 第3戦:7月25日

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『オールスターゲームの軌跡 DREAM GAMES HISTORY since 1951』(2001年、ベースボール・マガジン社)、P.155

関連項目[編集]