1980年の中日ドラゴンズ

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1980年の中日ドラゴンズ
成績
セントラル・リーグ6位
45勝76敗9分 勝率.372[1]
本拠地
都市 愛知県名古屋市
球場
ナゴヤ球場
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球団組織
オーナー 小山武夫
経営母体 中日新聞社
監督 中利夫
« 1979
1981 »

1980年の中日ドラゴンズ(1980ねんのちゅうにちドラゴンズ)では、1980年の中日ドラゴンズにおける動向をまとめる。

この年の中日ドラゴンズは、中利夫監督の3年目のシーズンである。

概要[編集]

前年Aクラス入りし、故障からカムバックした谷沢健一の復帰で、中監督の3年目は優勝争いも期待されたが、蓋を開けてみればいきなり開幕から6連敗、2勝した後また6連敗を喫し、以後最下位から浮上することはなかった。投手陣では開幕投手を務めた前年の新人王・藤沢公也が開幕から9連敗、6月12日にようやく1勝を挙げるが結局それが唯一の白星となり1勝15敗で大きく期待を裏切った。他の投手も三沢淳の8勝が最高で、2リーグ分裂後初の2ケタ勝利ゼロに終わり、チーム防御率もリーグ最下位であった。一方の打撃陣では、前年に正遊撃手となった宇野勝が開幕前に故障して出遅れ、前年36本塁打の大島康徳も開幕直後に交通事故に遭い戦列を離れ、さらにギャレットジョーンズの両外国人も打撃不振で8月30日に揃って解雇されるなど、.369の高打率で2度目の首位打者となった谷沢以外は、田尾安志木俣達彦を除きほぼ壊滅状態であった。8月にも10連敗を喫したチームは、結局球団史上最低の勝率.372で12年ぶりの最下位に終わり、中監督は稲尾和久コーチと共に辞任。シーズン終了後に高木守道が現役を引退した。

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 高木守道
2 石井昭男
3 ジョーンズ
4 大島康徳
5 井上弘昭
6 ギャレット
7 木俣達彦
8 田野倉正樹
9 藤沢公也
1980年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島 -- 広島 -- 広島 -- 広島 -- 広島 -- 広島 -- 広島 --
2位 ヤクルト ヤクルト 2.5 ヤクルト 5.0 ヤクルト 10.0 ヤクルト 8.5 ヤクルト 5.5 ヤクルト 6.5
3位 巨人 2.5 阪神 3.0 大洋 5.5 阪神 13.0 巨人 16.0 大洋 18.5 巨人 14.0
4位 大洋 3.0 大洋 3.5 阪神 8.5 大洋 14.0 阪神 17.5 巨人 19.0 大洋 16.0
5位 阪神 5.0 巨人 6.5 巨人 巨人 16.0 大洋 18.0 阪神 19.5 阪神 20.5
6位 中日 7.5 中日 11.5 中日 17.5 中日 22.0 中日 30.0 中日 30.5 中日 30.0
1980年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 広島東洋カープ 73 44 13 .624 -
2位 ヤクルトスワローズ 68 52 10 .567 6.5
3位 読売ジャイアンツ 61 60 9 .504 14.0
4位 横浜大洋ホエールズ 59 62 9 .488 16.0
5位 阪神タイガース 54 66 10 .450 20.5
6位 中日ドラゴンズ 45 76 9 .372 30.0

[1]

オールスターゲーム1980[編集]

  • コーチ
中利夫
  • 監督推薦
木俣達彦
谷沢健一
田尾安志(補充選手)

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
谷沢健一 首位打者 .369 4年ぶり2度目
その他
選手名 タイトル
谷沢健一 カムバック賞
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
谷沢健一 一塁手 初受賞[注 1]
ダイヤモンドクラブ賞
選出なし

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 中尾孝義 捕手 プリンスホテル 入団
2位 後藤祝秀 投手 本田技研 入団
3位 古谷盛人 捕手 和歌山・熊野高 入団
4位 長田克史 内野手 日産自動車 入団

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1976年に外野手部門で受賞しており、通算2度目。

出典[編集]

  1. ^ a b 年度別成績 1980年 セントラル・リーグ”. 2017年4月9日閲覧。