1982年の読売ジャイアンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
1982年の読売ジャイアンツ
成績
セントラル・リーグ2位
66勝50敗14分 勝率.569[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場
後楽園球場
球団組織
オーナー 正力亨
経営母体 読売新聞社
監督 藤田元司
« 1981
1983 »

1982年の読売ジャイアンツ(1982ねんのよみうりジャイアンツ)では、1982年シーズンについての読売ジャイアンツの動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは、藤田元司監督の2年目のシーズンである。

概要[編集]

連覇を目指すチームは開幕3連勝と好スタートを切り、4月下旬には6連勝で首位に立った。6月に広島に首位を明け渡し、一時は3位に後退するが、7月に再び首位に返り咲き前半を折り返す。後半戦に入ると広島は脱落し中日との優勝争いとなるが、8月下旬の首位攻防3連戦を全勝し、8月終了時点で中日に4ゲーム差を付ける。しかし9月に入ると松本匡史河埜和正の1・2番が故障で相次いで離脱し中日に差を詰められ、9月28日の直接対決では9回に江川卓が4点差を追いつかれて逆転負けを喫しマジック点灯を許す。その後も星を伸ばせず、10月9日の大洋との最終戦では2年連続20勝がかかった江川がソロ本塁打3発を浴びて敗れシーズン終了。中日が最終戦で優勝を決めたのはその9日後であった。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー[2]
1 松本匡史
2 河埜和正
3 篠塚利夫
4 中畑清
5 原辰徳
6 淡口憲治
7 トマソン
8 山倉和博
9 江川卓
1982年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 巨人 -- 巨人 -- 広島 -- 巨人 -- 巨人 -- 中日 --
2位 大洋 2.5 中日 1.0 巨人 1.0 中日 1.0 中日 4.0 巨人 0.5
3位 中日 3.0 広島 1.0 中日 3.0 広島 2.0 阪神 8.0 阪神 4.5
4位 広島 大洋 3.0 大洋 4.0 大洋 6.5 広島 11.0 広島 8.0
5位 ヤクルト 5.5 ヤクルト 7.0 阪神 4.5 阪神 7.5 大洋 13.5 大洋 14.5
6位 阪神 7.0 阪神 12.0 ヤクルト 17.5 ヤクルト 19.0 ヤクルト 23.5 ヤクルト 23.5
1982年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 中日ドラゴンズ 64 47 19 .577 -
2位 読売ジャイアンツ 66 50 14 .569 0.5
3位 阪神タイガース 65 57 8 .533 4.5
4位 広島東洋カープ 59 58 13 .504 8.0
5位 横浜大洋ホエールズ 53 65 12 .449 14.5
6位 ヤクルトスワローズ 45 75 10 .375 23.5

オールスターゲーム1982[編集]

  • 選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出回数
監督 藤田元司
投手 江川卓 3
定岡正二
西本聖 3
捕手 山倉和博 2
一塁手 中畑清 2
三塁手 原辰徳 2
外野手 松本匡史 2
山本功児
  • 太字はファン投票による選出。

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

[3]

表彰選手[編集]

西本聖(投手、4年連続4度目)
中畑清(一塁手、初受賞)
篠塚利夫(二塁手、2年連続2度目)
松本匡史(外野手、2年連続2度目)

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 斎藤雅樹 投手 市立川口高 入団
2位 岡本光 投手 松下電器 入団
3位 石井雅博 外野手 明治大学 入団
4位 川相昌弘 投手 岡山南高 入団
5位 中島浩人 投手 日本鋼管 翌年シーズン後に入団
6位 藤本茂喜 内野手 明徳高 入団

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 年度別成績 1982年 セントラル・リーグ”. 2016年5月28日閲覧。
  2. ^ 『読売新聞』1982年4月4日付朝刊、14版、17面
  3. ^ 読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 2016年5月28日閲覧。