1983年のロッテオリオンズ

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1983年のロッテオリオンズ
成績
パシフィック・リーグ6位
43勝76敗11分 勝率.361[1]
本拠地
都市 神奈川県川崎市
球場
川崎球場
Kawasaki 1989.jpg
球団組織
オーナー 重光武雄
経営母体 ロッテ
監督 山本一義
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1983年のロッテオリオンズ(1983ねんのロッテオリオンズ)では、1983年シーズンについてのロッテオリオンズの動向をまとめる。

この年のロッテオリオンズは、山本一義監督の2年目のシーズンである。

概要[編集]

前年のオフに主力打者の1人であるレオン・リーをトレードで大洋に放出、また前年に右肘を故障した村田兆治が球団への不満から阪神への移籍を志願し(結局残留)、さらに契約交渉で決裂し突然解雇を言い渡された高橋博士がパ・リーグに提訴し、一転復帰となるも開幕前に引退に追い込まれるなど、オフから不穏な状況が続いていたチームは、開幕直後は前年三冠王の落合博満を中心に打線が好調で、5月上旬までは西武と首位争いをしていたが、5月中旬から6連敗→1つ勝ったあと8連敗→また1つ勝ったあと6連敗、であっという間に最下位に転落、その後も6月下旬に7連敗、7月中旬に7連敗、さらに8月下旬に9連敗を喫し、最下位が定位置となっていった。打線は落合が3年連続で首位打者となり、レロン・リー水上善雄も3割をマークしたがチーム打率はリーグ5位、一方村田不在の投手陣は深沢恵雄水谷則博が2ケタ勝利を挙げたもののチーム防御率は5点台で12球団最下位だった。それまで12球団で唯一最下位がなかったロッテだったが、5位南海に8ゲーム差を付けられて球団初の最下位となり、山本は監督を解任された。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 劔持節雄
2 弘田澄男
3 落合博満
4 リー
5 有藤道世
6 新谷嘉孝
7 井上洋一
8 土肥健二
9 水上善雄
投手 水谷則博
1983年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 --
2位 ロッテ 0.5 阪急 8.0 日本ハム 12.0 日本ハム 14.0 日本ハム 11.5 阪急 16.0 阪急 17.0
3位 阪急 2.5 日本ハム 8.5 阪急 12.0 阪急 14.5 阪急 15.0 日本ハム 18.0 日本ハム 20.5
4位 日本ハム 3.5 南海 9.0 南海 15.0 南海 16.0 近鉄 21.0 近鉄 26.0 近鉄 29.5
5位 南海 4.0 近鉄 11.0 近鉄 15.0 近鉄 16.5 南海 25.0 南海 28.5 南海 31.5
6位 近鉄 4.5 ロッテ 11.5 ロッテ 21.0 ロッテ 26.0 ロッテ 32.5 ロッテ 37.5 ロッテ 39.5
1983年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 西武ライオンズ 86 40 4 .683 -
2位 阪急ブレーブス 67 55 8 .549 17.0
3位 日本ハムファイターズ 64 59 7 .520 20.5
4位 近鉄バファローズ 52 65 13 .444 29.5
5位 南海ホークス 52 69 9 .430 31.5
6位 ロッテオリオンズ 43 76 11 .361 39.5

オールスターゲーム1983[編集]

ファン投票 監督推薦
選出なし 水谷則博
落合博満

できごと[編集]

選手・スタッフ[編集]

[2]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
落合博満 首位打者 .332 3年連続3度目
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
落合博満 一塁手 初受賞[注 1]
ダイヤモンドクラブ賞
選出なし

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 比嘉良智 投手 沖縄水産高 入団
2位 田中力 捕手 東芝府中 入団
3位 長冨浩志 投手 国士舘大学 拒否・電電関東入社
4位 岡島厚 捕手 神奈川大学 入団
5位 長利礼治 内野手 青森商業高 入団
6位 高橋忠一 外野手 東京ガス 入団

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 二塁手部門で2度受賞しており、通算3度目。

出典[編集]