1983年の韓国シリーズ

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1983年の韓国シリーズ

概要[編集]

1983年韓国シリーズは前期リーグ勝者のヘテ・タイガースと後期リーグ勝者のMBC青龍の間で10月15日から7戦4勝制で行われ、ヘテ・タイガースが4勝1引き分けで優勝した。この優勝がヘテ・タイガースの9度優勝[1]の出発点である。当初、選手層の薄かったヘテ・タイガースが不利である前評判だったが、強打者揃いの打線が緒戦からMBC投手陣を追い込み、シリーズ中1度もリードを奪われない見事な戦いぶりで、初優勝を飾った。

この年まで、韓国シリーズは第1戦を前期リーグ優勝チームのホーム球場、第2戦を後期リーグ優勝チームのホーム球場、第3戦以降は中立地域としてソウルで開かれるようになっていた。しかし、ソウルを本拠地としていたMBC青龍が後期リーグを優勝したことで、MBCは第2戦からシリーズ終了まで実質的にホームでプレイする極端に有利な立場(ただし、第3・5・7戦は前期リーグ優勝チームがホームチーム扱い)であったが、第1戦から最後まで無気力な拙戦で一貫した。結局、MBCは1勝はおろか、試合中のリードすら奪うこともできないまま、むなしく惨敗。王手をかけられた第4戦の9回裏、1対0でリードされ、ストレート負け寸前で出た同点打で引き分けに持ち込んで4連敗を免れたのがせめての抵抗だった。

これがMBC青龍としての唯一の韓国シリーズであり、1990年LGグループに買収されLGツインズになるまで、韓国シリーズはもちろんプレイオフ進出すらなかった。

試合結果[編集]

第1戦 10月15日・光州無等総合競技場野球場[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H
MBC青龍 0 0 0 0 0 2 0 2 0 4 8
ヘテ・タイガース 3 1 0 2 1 0 0 0 X 7 12
  1. : 李相潤(イ・サンユン、1-0)  : 呉永日(オ・ヨンイル、0-1)  
  2. :  MBC – 金仁植(キム・インシク、6回表、2ラン)

第2戦 10月17日・蚕室野球場[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H
ヘテ・タイガース 0 0 2 0 2 0 1 3 0 8 9
MBC青龍 0 0 0 1 0 0 3 0 0 4 9
  1. : 金勇男(キム・ヨンナム、1-0)  : 柳種兼(ユ・ジョンギョム、0-1)  

第3戦 10月18日・蚕室野球場[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H
MBC青龍 0 0 0 0 0 3 0 0 0 3 6
ヘテ・タイガース 1 0 3 0 0 0 1 0 X 5 10
  1. : 朱東植(チュ・ドンシク、1-0)  : 李光権(イ・グァングォン、0-1)  S: 李相潤(1-0-1s)  
  2. :  ヘテ – 金奉年(キム・ボンヨン、3回裏、3ラン)

第4戦 10月19日・蚕室野球場[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 R H
ヘテ・タイガース 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 16
MBC青龍 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 12
  1. : -  : -  

第5戦 10月20日・蚕室野球場[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H
MBC青龍 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 6
ヘテ・タイガース 1 0 2 0 2 0 3 0 X 8 11
  1. : 朱東植(2-0)  : 李元國(イ・ウォングク、0-1)  S: 李相潤(1-0-2s)  
  • ヘテ・タイガースが4勝1分けで韓国シリーズ優勝
  • MVP: 金奉年(キム・ボンヨン、指名打者、ヘテ)19打数9安打、打率0.474、1本塁打、8打点

脚注[編集]

  1. ^ 起亜タイガースになってからの優勝は除く。