1986年のテレビ (日本)

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1986年のテレビ(1986ねんのテレビ)では、1986年昭和61年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

番組関係のできごと[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

  • 2日
    • TBS系『ザ・チャンス!』が、この日の放送を以って7年半の幕を降ろす。
    • TBS系『ザ・ベストテン』の第3代男性司会者として、スポーツ実況で活躍する同局アナウンサー(当時)の松下賢次が登板(松下は1988年12月まで担当)。また翌週9日には放送450回を達成し、長野県松本市から公開生放送を行った。なお2週とも石井明美の「CHA-CHA-CHA」が第1位を獲得[注 8]
  • 5日 - テレビ朝日系のクイズ番組・『象印クイズ ヒントでピント』の女性軍4枠を務めた斉藤祐子(当時:斉藤ゆう子)が降板[5][注 9]、翌週12日放送分より後任として飯星景子(当時:飯千恵子)が登板[6]
  • 6日 - NHK連続テレビ小説第37作『都の風』(主演:加納みゆき。NHK大阪制作)放送開始( - 1987年4月4日)。
  • 7日 - テレビ東京系でアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国刑事ドラママイアミ・バイス』がスタート。同系列で海外ドラマの本放送を初めて放映した作品となった。
  • 21日 - TBS系の火曜19:20〜20:54枠で萩本欽一司会のバラエティ番組『ドキド欽ちゃんスピリッツ!!』が放送開始( - 1987年3月)。『欽どこ』が終了してから初めての萩本司会の新番組だが、かつて"視聴率100%男"の異名をとった萩本もこの時すでに勢いを失っており、わずか半年で終了した。一方で、同番組にレギュラー出演していたベテラン俳優の高橋英樹体操選手ロサンゼルス五輪金メダリストの森末慎二がバラエティ路線に進出するきっかけを作った。
  • 24日 - テレビ朝日系の金曜20時枠で、歌謡番組『ミュージックステーション』が放送開始(2017年現在も継続中)。初代司会は関口宏中原理恵(関口は1987年3月まで)[7]

11月[編集]

  • 14日 - 日本テレビ系で1972年(昭和47年)に放送開始された東宝制作の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』がこの日、第718話「そしてまた、ボスと共に」を以て14年4か月にわたる放送に幕。最終回には石原裕次郎演ずる"ボス"こと「藤堂俊介」刑事課長が再登場した。なお2週間後の28日より『太陽にほえろ!PARTII』が開始された[注 10]
  • 21日 - 伊豆大島三原山が大噴火。この日の夕方から翌日早朝にかけてテレビ各局は特別報道態勢をとった。

12月[編集]

その他テレビに関する話題[編集]

音声多重放送開始[編集]

周年[編集]

番組[編集]

開局・放送開始[編集]

3月21日
NHK福岡放送局総合テレビジョン放送開始30周年。
3月22日
NHK仙台放送局NHK広島放送局総合テレビジョン放送開始30周年。
4月1日
4月16日
群馬テレビ開局15周年。
5月1日
千葉テレビ放送開局15周年。
5月24日
NHK神戸放送局総合テレビジョン放送開始15周年。
5月31日
NHK和歌山放送局総合テレビジョン放送開始15周年。
10月1日
福島放送開局5周年。
12月1日
中部日本放送朝日放送大阪テレビ放送として)テレビジョン放送開始30周年。
12月22日
NHK札幌放送局総合テレビジョン放送開始30周年。

記念回[編集]

視聴率[編集]

(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

ニュース・報道[編集]

スポーツ[編集]

ドラマ[編集]

バラエティ・歌番組[編集]

映画[編集]

アニメ[編集]

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

日本テレビ系[編集]

スペシャルドラマ

TBS系[編集]

スペシャルドラマ

フジテレビ系[編集]

スペシャルドラマ

テレビ朝日系[編集]

テレビ東京系[編集]

テレビアニメ[編集]

放送開始
枠移動

特撮番組[編集]

枠移動

報道・情報番組[編集]

ドキュメンタリー番組[編集]

バラエティ番組[編集]

クイズ番組[編集]

音楽番組[編集]

教養番組[編集]

旅・紀行番組[編集]

トーク番組[編集]

子供番組[編集]

単発特別番組枠[編集]

特別番組[編集]

この年の主なキャンペーン[編集]

  • 「元気が大好き 4チャンネル」(日本テレビ)
  • 「心にいいから、6チャンネル」(TBS、春)
  • 「見せる気、まんまん。6チャンネル」(TBS、秋)
  • 「しなやか盛り」(フジテレビ、春)
  • 「ニャンと、しなやか。夏休みもフジテレビ」(フジテレビ、夏)
  • 「8チャンネルはテレビの冒険王です」(フジテレビ、秋)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1975年3月まではTBS系列(腸捻転時代)。
  2. ^ 末期は牛乳石鹸を筆頭とする複数社提供に変更。
  3. ^ 通常はエンディングで行う記念写真撮影を当日に限り第1位(少年隊デカメロン伝説」)披露前に行った。
  4. ^ 雑誌「グラフNHK」では4月6日最終回と告知されているが、3月23日に東京都練馬区西武鉄道新宿線上石神井駅構内で発生した大雪による脱線事故報道のため、同日に予定されていた放送が休止され、以降最終回までの3回分は1週繰り下げで放送された。
  5. ^ しかし、当初からコントバラエティ番組扱いであった。
  6. ^ なお、東逝去後は家老役は桑野信義に交代、田代の不祥事(2001年12月に逮捕)後は側用人役の後任は置かなかった。
  7. ^ 栗本は1979年9月から同軍の3枠を務め1980年4月よりキャプテンに昇格。1982年11月下旬に産休の為降板。1983年9月より復帰し今日まで至った。司会の土居まさるから「16分割の姫」と呼ばれ足掛け6年の活躍だった。
  8. ^ a b 石井明美の「CHA-CHA-CHA」は9月25日(小西司会最終回)、10月2日(松下司会初回)、10月9日(松本市公開生放送)と3週連続で1位を獲得した。
  9. ^ 斉藤は司会の土居まさるから「ゆう子ちゃん」と呼ばれ足掛け2年9カ月の活躍だった。
  10. ^ 太陽にほえろ!PARTII』は当初『太陽にほえろ!』最終回翌週の11月21日より開始予定だったが、報道特別番組の為1週遅れとなった。
  11. ^ たけし復帰後の1988年2月から再開、1990年まで続く。2015年より特番で復活している。
  12. ^ 当初10月4日放送予定が、プロ野球中継のため変更となった。
  13. ^ 水曜ドラマスペシャル
  14. ^ 木曜スペシャル
  15. ^ ハナ肇とクレージーキャッツ結成30周年記念および『シャボン玉ホリデー』開始25周年記念番組。現存する映像と、残された台本を元にした再現コントなどで構成。

出典[編集]

  1. ^ a b c 1986年5月10日(土) - プレイバック!TVガイド ~あのころのテレビはこうだった!~ - テレコ!
  2. ^ NHKクロニクル レッツゴーヤング 番組表検索結果”. 日本放送協会. 2018年12月31日閲覧。
  3. ^ 「さよらな梓!女性軍、勝利の花道で送れるか!?」 読売新聞朝日新聞毎日新聞産経新聞日本経済新聞(1986年6月29日付のテレビ欄)より。
  4. ^ 「新キャプテン・山内美郷、優雅に登場!乞うご期待」 読売新聞朝日新聞毎日新聞産経新聞日本経済新聞(1986年7月13日付のテレビ欄)より。
  5. ^ 「さよなら!天才ゆう子。最後の神秘眼発揮か!?」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1986年10月5日付のテレビ欄)より。
  6. ^ 「男性派美女・飯千恵子、レギュラー早々4安打。」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1986年10月12日付のテレビ欄)より。
  7. ^ 現在の司会はタモリ(2代目)と並木万里菜(10代目)。
  8. ^ NHK徳島放送局サイト「局のあゆみ」(PDF形式)
  9. ^ NHK高知放送局サイト「NHK高知放送局のあゆみ」
  10. ^ “放送8000回達成!とんねるずが29年ぶりの出演でタモリにレギュラー化を直談判!『笑っていいとも!』”. とれたてフジテレビ (フジテレビジョン). (2014年1月15日). http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2014/140115-017.html 2014年1月16日閲覧。 
  11. ^ 1986年12月24日(水) - プレイバック!TVガイド ~あのころのテレビはこうだった!~ - テレコ!

参考[編集]

など