1988年の阪神タイガース

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1988年の阪神タイガース
成績
セントラル・リーグ6位
51勝77敗2分 勝率.398
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
阪神甲子園球場
Summer Koshien 2009 Final.jpg
球団組織
オーナー 久万俊二郎
経営母体 阪神電気鉄道
監督 村山実
« 1987
1989 »

1988年の阪神タイガースでは、1988年の阪神タイガースにおける動向をまとめる。

1988年の阪神タイガースは、2回目の村山実監督体制の1年目(通算4年目[1])のシーズンである。

概要[編集]

チームが1985年の優勝時のメンバーに頼りすぎ、世代交代などの抜本的な改革ができないまま、前年の最下位を招いたため、「少年隊トリオ」と呼ばれた和田豊大野久中野佐資をはじめとする若手選手を積極的に起用した。その結果、和田が2塁手としてレギュラーに定着し、大野、中野も一定の成績を収めた。しかし、6月、三冠王に2回輝き、1985年の日本一に貢献したバースが退団し、代わりに獲得したルバート・ジョーンズも肩のケガで満足な成績を残すことが出来ないなど、打撃力の低下に歯止めがかからなかった。投手陣は、キーオがエースの活躍を見せ、仲田池田も先発ローテーションを守ったが、打線の援護に乏しく、いずれも勝ち越すことが出来なかった。6月を境にチーム順位は下降することとなり、オールスターゲーム以降は最下位に定着してしまった。シーズン終了後に掛布雅之が33歳の若さで引退した。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 大野久
2 和田豊
3 バース
4 掛布雅之
5 岡田彰布
6 真弓明信
7 中野佐資
8 嶋田宗彦
9 仲田幸司
1988年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島 -- 広島 -- 巨人 -- 中日 -- 中日 -- 中日 -- 中日 --
2位 巨人 4.5 巨人 1.5 広島 0.5 巨人 1.0 広島 6.5 広島 7.0 巨人 12.0
3位 阪神 5.0 阪神 2.5 中日 1.0 広島 1.5 巨人 7.5 巨人 8.0 広島 15.0
4位 ヤクルト 5.5 大洋 4.0 ヤクルト 3.0 大洋 5.0 大洋 12.0 大洋 17.0 大洋 20.5
5位 大洋 7.0 中日 4.5 阪神 6.5 ヤクルト 9.5 ヤクルト 12.0 ヤクルト 17.0 ヤクルト 22.0
6位 中日 8.0 ヤクルト 5.5 大洋 7.0 阪神 10.0 阪神 19.0 阪神 23.0 阪神 29.5
1988年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 中日ドラゴンズ 79 46 5 .632 -
2位 読売ジャイアンツ 68 59 3 .535 12.0
3位 広島東洋カープ 65 62 3 .512 15.0
4位 横浜大洋ホエールズ 59 67 4 .468 20.5
5位 ヤクルトスワローズ 58 69 3 .457 22.0
6位 阪神タイガース 51 77 2 .398 29.5

個人成績[編集]

投手成績[編集]

  • 色付き規定投球回(130イニング)以上の選手
  • 太字はリーグ最高
選手








































W
H
I
P
 
/キーオ 28 26 7 1 4 12 12 0 742 179.2 174 16 37 8 97 4 0 65 55 2.76 1.174
/池田親興 28 24 6 1 0 7 10 0 615 139.0 152 16 61 3 71 3 2 71 62 4.01 1.532
/野田浩司 42 17 1 0 0 3 13 0 577 138.0 136 19 44 7 69 2 1 67 61 3.98 1.304
/仲田幸司 29 17 6 1 0 6 9 1 557 130.0 106 20 71 2 103 5 0 58 56 3.88 1.362
/御子柴進 33 11 1 0 0 3 6 0 385 94.0 85 9 28 0 47 0 0 36 32 3.06 1.202
/中西清起 46 2 1 0 0 8 9 15 391 91.0 91 10 26 6 54 3 0 49 45 4.45 1.286
/遠山昭治 42 8 0 0 0 2 9 0 339 79.2 81 6 34 0 48 2 0 36 34 3.84 1.444
/岡部憲章 44 3 1 0 0 3 2 0 280 68.1 67 7 17 2 52 1 0 31 31 4.08 1.229
/久保康生 23 9 2 1 0 4 2 0 295 68.1 74 9 25 2 36 1 0 31 31 4.08 1.449
/福間納 42 0 0 0 0 0 0 0 134 32.1 33 2 11 0 17 0 0 12 12 3.34 1.361
/嶋尾康史 12 4 0 0 0 1 0 0 132 30.2 33 2 9 2 16 1 0 12 11 3.23 1.370
/伊藤文隆 6 4 2 2 0 2 0 0 116 28.1 15 0 17 1 17 1 0 2 2 0.64 1.129
/山本和行 22 4 0 0 0 0 3 0 115 23.2 33 5 12 0 10 1 0 17 17 6.46 1.901
/工藤一彦 12 0 0 0 0 0 1 0 74 17.1 21 2 4 0 10 0 0 9 9 4.67 1.442
/中田良弘 11 1 0 0 0 0 1 0 62 10.1 24 3 5 2 10 0 0 21 20 17.42 2.806
/浜田知明 7 0 0 0 0 0 0 0 31 6.2 10 2 2 0 6 2 0 6 6 8.10 1.800
/福家雅明 1 0 0 0 0 0 0 0 9 2.0 0 0 4 0 3 0 0 1 0 0.00 2.000
/佐藤秀明 4 0 0 0 0 0 0 0 6 0.2 3 0 1 0 1 0 0 1 1 13.50 6.000
/多岐篤司 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0.1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 0.000

1988 サンヨー オールスターゲーム[編集]

選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出回数
投手 中西清起 2
捕手 木戸克彦 2
内野手 岡田彰布 6
外野手 真弓明信 8
  • この年の阪神は監督推薦による選出のみであった。

できごと[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

9月[編集]

  • 9月14日 - 掛布雅之が現役引退発表[4]
  • 9月17日 - 山本和行が対広島戦でNPB史上11人目の通算700試合登板

10月[編集]

  • 10月4日 - 和田豊が対広島戦(広島)で日本プロ野球新記録のシーズン52犠打[5]
  • 10月10日 - 掛布雅之の引退試合が阪神甲子園球場で行われる(対ヤクルト戦ダブルヘッダー)。掛布は第2試合に出場、3打数0安打(四球1)に終わる。

選手・スタッフ[編集]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし
ゴールデングラブ賞
選出なし

ドラフト[編集]

順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 中込伸 投手 神崎工業高 入団
2位 鶴見信彦 内野手 三菱自動車川崎 入団
3位 金子誠一 外野手 本田技研 入団
4位 岩田徹 捕手 三菱自動車水島 入団
5位 渡辺伸彦 投手 常石鉄工 入団
6位 鮎川義文 内野手 星城高 入団

出典[編集]

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  1. ^ 開幕直後からヘッドコーチが監督代行になった1972年を含む。
  2. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」692ージ
  3. ^ ベースボール・マガジン社刊「ライオンズ60年史―獅子の記憶ー「西鉄」から「埼玉西武」まで」117ページ
  4. ^ 【今日は何の日?】"ミスター・タイガース"掛布雅之引退web Sportiva2011年9月14日
  5. ^ タイガースヒストリー1985-1989阪神球団公式サイト