1993年の阪神タイガース

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1993年の阪神タイガース
成績
セントラル・リーグ4位
63勝67敗2分 勝率.485
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
阪神甲子園球場
Summer Koshien 2009 Final.jpg
球団組織
オーナー 久万俊二郎
経営母体 阪神電気鉄道
監督 中村勝広
 < 1992 1994 > 

1993年の阪神タイガース(1993ねんのはんしんタイガース)では、1993年の阪神タイガースにおける動向をまとめる。

1993年の阪神タイガースは、中村勝広監督の4年目のシーズンである。

概要[編集]

前年あと一歩のところで優勝を逃したチームは、打線強化のため先発ローテーションの一角・野田浩司を放出してまでオリックスから松永浩美を獲得、また前年のバルセロナオリンピック台湾代表のエース郭李建夫も入団したが、当時の外国人枠の都合で、トーマス・オマリージェームス・パチョレックとの併用に首脳陣は頭を悩ませた。この問題についてマスコミは3人の姓の頭文字と当時の社会問題であった国際連合平和維持活動をかけて「(阪神)PKO問題」と報じた[注 1]

シーズンに入ると、期待の松永は開幕3試合目で故障するなど、故障で度々戦列を離れ、パチョレックも腰痛に苦しみ二軍落ちを経験し、代わりに一軍に上がった郭李も、後半戦最初の試合でヤクルト飯田哲也の打球が睾丸を直撃し負傷する不運に見舞われるなど、なかなか戦力が揃わなかった。打撃陣は前年打率2位のオマリーが最終戦でバントヒットを決める執念が実り念願の首位打者となるが、腰痛に苦しんだパチョレックはシーズン途中で引退を表明し退団した。前年の快進撃を支えた投手陣は、前年にエース級の活躍を見せた仲田幸司がわずか3勝に終わるなど、各投手が軒並み成績を落とし、チーム防御率も前年の2点台から3点台後半に急落した。チームは6月に最下位に転落するなど一度も優勝争いに絡めず4位で終了。新天地オリックスで17勝を挙げ最多勝となった野田とは対照的に、80試合の出場に終わった松永はシーズン終了後にFA宣言してダイエーに移籍し、わずか1年でチームを去ってしまった。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 和田豊
2 久慈照嘉
3 松永浩美
4 オマリー
5 パチョレック
6 八木裕
7 岡田彰布
8 山田勝彦
9 仲田幸司
1993年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 広島 -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト --
2位 中日 1.5 巨人 1.5 巨人 3.5 巨人 3.5 中日 1.0 中日 2.0 中日 7.0
3位 巨人 3.5 広島 2.0 広島 広島 4.0 広島 8.0 阪神 12.0 巨人 16.0
4位 阪神 中日 横浜 4.0 中日 巨人 8.5 巨人 12.5 阪神 17.0
5位 ヤクルト 4.5 阪神 中日 4.0 阪神 5.0 阪神 9.0 横浜 17.5 横浜 23.0
6位 横浜 8.0 横浜 4.5 阪神 6.0 横浜 7.5 横浜 12.5 広島 19.0 広島 27.0
1993年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 ヤクルトスワローズ 80 50 2 .615 -
2位 中日ドラゴンズ 73 57 2 .562 7.0
3位 読売ジャイアンツ 64 66 1 .492 16.0
4位 阪神タイガース 63 67 2 .485 17.0
5位 横浜ベイスターズ 57 73 0 .438 23.0
6位 広島東洋カープ 53 77 1 .408 27.0

1993 サンヨー オールスターゲーム[編集]

選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出
回数
コーチ 中村勝広
投手 湯舟敏郎
一塁手 オマリー
二塁手 和田豊 3
外野手 パチョレック 2
  • 太字はファン投票で選ばれた選手。
  • 亀山努もファン投票外野手部門で選出圏内の3位となる得票数だったが、「故障選手の規定により出場資格なし」となり、選出されていない。[2]

できごと[編集]

5月[編集]

8月[編集]

  • 8月22日 - 松永浩美が対ヤクルト戦(神宮)の1回表に、日本プロ野球史上初の3戦連続先頭打者本塁打を記録[4]

11月[編集]


選手・スタッフ[編集]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
オマリー 首位打者 .329 初受賞
最高出塁率 .427 2年連続2度目
和田豊 最多安打 161本 初受賞
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
新庄剛志 外野手 初受賞
ゴールデングラブ賞
選手名 ポジション 回数
和田豊 二塁手 2年連続2度目
新庄剛志 外野手 初受賞

ドラフト[編集]

  • 網掛けの選手は逆指名による入団
  • 最終年はNPBに選手として所属した最終年、退団年は阪神を選手として最初に退団した年を示す
順位 選手名 ポジション 所属 退団年 最終年 NPB通算成績
1位 藪恵一 投手 朝日生命 2004終 2010 279登板84勝106敗2H 防御率3.58
2位 平尾博司 内野手 大宮東高 2001途 2012 392安打39本196打点 打率.245
3位 高波文一 外野手 熊本工業高 2002終 2009 69安打2本26打点 打率.169
4位 中里鉄也 内野手 葛生高 1999終 1999 一軍公式戦出場なし
5位 井上貴朗 投手 佐倉高 2001終 2003 54登板3勝10敗 防御率3.90

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 後にオマリーが一軍へ定着し、パチョレック (P) と郭李 (K) の争いとなった際には「PK合戦」と報じた。[1]

出典[編集]

  1. ^ 「PKO問題」から「PK合戦」になり、最後は郭李建夫の不戦勝?【1993年8月28日】”. ニコニコニュース (2017年8月28日). 2017年8月28日閲覧。
  2. ^ ベースボール・レコード・ブック1994』(ベースボール・マガジン社 1993年12月)820p
  3. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」付録
  4. ^ 【8月22日】1993年(平5) 阪神在籍1年 巧打者松永浩美が残した世界初の記録スポーツニッポン200年8月5日配信
  5. ^ 【11月28日】1993年(平5) 初のFA他球団交渉 大モテ石嶺和彦 好条件も気持ちは一つスポーツニッポン2009年11月12日配信