1995年の阪神タイガース

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1995年の阪神タイガース
成績
セントラル・リーグ6位
46勝84敗 勝率.354
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場
阪神甲子園球場
Summer Koshien 2009 Final.jpg
球団組織
オーナー 久万俊二郎
経営母体 阪神電気鉄道
監督 中村勝広藤田平
« 1994
1996 »

1995年の阪神タイガース(1995ねんのはんしんタイガース)では、1995年の阪神タイガースにおける動向をまとめる。

1995年の阪神タイガースは、シーズン途中の7月23日に中村勝広監督が休養し、代わって藤田平が監督に就任したため、中村勝広監督の6年目のシーズンであり、藤田平監督の1年目のシーズンである。

概要[編集]

2年続けて4位に甘んじたチームは4年連続打率3割のトーマス・オマリーを解雇し、新たにMLBで6年連続20本塁打以上の実績を持つグレン・デービスを入団させ打線の強化を図った。しかし開幕5連敗といきなりつまづいた上、亀山努がグレンと激突して腰椎骨折の重傷を負い、チームは早々と最下位に低迷する。5月中旬に4連勝をマークしてからチーム状態が上向き、6月末までは五分の成績を残し7月以降の上昇に期待がかかった。だがその7月に入ると、今度は新庄剛志の故障離脱が響き5連敗、1つ勝ったあと8連敗という状態で前半戦が終了し、中村は休養。新たに二軍監督の藤田を監督代行に据え後半戦を迎えるが低迷に歯止めをかけることができず、9月に中日に抜かれ再び最下位に転落し、そのままシーズンを終えた。シーズン終了後に真弓明信が現役を引退、また藤田監督との確執や師と仰ぐ柏原純一コーチの退団で球団に不信感を募らせた新庄が突然引退を宣言し、のちに撤回する騒動があった。

チーム成績[編集]

レギュラーシーズン[編集]

開幕オーダー
1 和田豊
2 亀山努
3 クールボー
4 グレン
5 石嶺和彦
6 新庄剛志
7 木戸克彦
8 湯舟敏郎
9 久慈照嘉
1995年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト -- ヤクルト --
2位 広島 4.0 広島 5.5 広島 5.5 広島 3.5 広島 6.0 広島 8.0
3位 巨人 4.5 巨人 巨人 7.5 横浜 8.5 巨人 10.5 巨人 10.0
4位 横浜 横浜 横浜 8.0 巨人 8.5 横浜 12.5 横浜 16.0
5位 中日 6.0 阪神 10.5 阪神 13.0 阪神 21.0 阪神 30.0 中日 32.0
6位 阪神 8.0 中日 12.0 中日 17.0 中日 24.5 中日 31.0 阪神 36.0
1995年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 ヤクルトスワローズ 82 48 0 .631 -
2位 広島東洋カープ 74 56 1 .569 8.0
3位 読売ジャイアンツ 72 58 1 .554 10.0
4位 横浜ベイスターズ 66 64 0 .508 16.0
5位 中日ドラゴンズ 50 80 0 .385 32.0
6位 阪神タイガース 46 84 0 .354 36.0

1995 サンヨー オールスターゲーム[編集]

選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出
回数
投手 藪恵壹 2
古溝克之
捕手 関川浩一
内野手 和田豊 5
久慈照嘉 2
  • この年の阪神は監督推薦のよる選出のみであった。

できごと[編集]

7月[編集]

11月[編集]

選手・スタッフ[編集]

表彰選手[編集]

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし
ゴールデングラブ賞
選出なし

ドラフト[編集]

  • 退団年は阪神を選手として最初に退団した年、最終年はNPBに選手として所属した最終年を示す
順位 選手名 ポジション 所属 退団年 最終年 NPB通算成績
1位 舩木聖士 投手 NKK 2002終 2004 101登板9勝24敗 防御率5.09
2位 中ノ瀬幸泰 投手 西濃運輸 1999 1999 14登板0勝0敗 防御率6.95
3位 林純次 投手 東海理化 1997 1997 17登板0勝1敗 防御率10.13
4位 曽我部直樹 外野手 サンジルシ醸造 2003 2005 4安打0本1打点 打率.129

出典[編集]

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