2004年のアルビレックス新潟

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2004年のアルビレックス新潟
2004 シーズン
監督 日本の旗 反町康治
スタジアム 新潟スタジアム
J1 10位
天皇杯 4回戦
Jリーグカップ グループリーグB 3位
最多得点者 ブラジルの旗 エジミウソン (15点)
平均観客動員 37,689人
ホーム
アウェイ

この項では2004年のアルビレックス新潟について記述する。前年J2で優勝し、アルビレックス新潟はJ1に初昇格した。監督は前年に引き続き反町康治が務めた。また、J1昇格に貢献した多くの選手もチームに残留した上で、J1のクラブへ移籍していた鈴木慎吾寺川能人が復帰。更に、桑原裕義梅山修喜多靖らJ1でのプレー経験がある選手の獲得に成功し、新外国人選手としてエジミウソンも獲得した。

念願のJ1での戦いとなった2004シーズン1stステージでは3勝5分け7敗の14位と苦戦したが、2ndステージでは攻撃はエジミウソン、オゼアスファビーニョブラジル人3トップに任せて残り全員で守備をする分担システムがはまり、10月23日に発生した中越地震の影響を受けながらも一時は3位まで順位を上げた。2ndステージの最終順位は7勝2分け6敗の7位、年間順位は10位で初のJ1リーグ戦を終えた。

Jリーグ ディビジョン1[編集]

年間総合順位[編集]

順位 クラブ名 勝点 得点 失点 備考
  浦和レッドダイヤモンズ 62 19 5 6 70 39 +31 2ndステージ優勝
  横浜F・マリノス 59 17 8 5 47 30 +17 1stステージ優勝
7 名古屋グランパスエイト 44 12 8 10 49 43 +6
8 FC東京 41 10 11 9 40 41 -1
9 東京ヴェルディ1969 39 11 6 13 43 46 -3
10 アルビレックス新潟 37 10 7 13 47 58 -11
11 ヴィッセル神戸 36 9 9 12 50 55 -5
12 サンフレッチェ広島 31 6 13 11 36 42 -6
13 大分トリニータ 30 8 6 16 35 56 -21

節別動向[編集]

  • 1stステージ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
開催地 A H A H A A H A H A H A H A H
結果 L D W L D L L D L W L W D D L
順位 15 13 10 12 12 13 14 15 16 14 14 13 13 14 14

最終更新日:2013年1月22日.
出典:Jリーグ”. 2013年1月22日閲覧。
開催地:A = アウェー、H = ホーム。結果: D = 引き分け、 L = 敗戦、W = 勝利。

  • 2ndステージ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
開催地 A H A H A H A H H A A H H A H
結果 L D W D L W W W W L L L W W L
順位 16 14 8 9 13 9 6 3 3 4 7 7 6 5 7

最終更新日:2013年1月22日.
出典:Jリーグ”. 2013年1月22日閲覧。
開催地:A = アウェー、H = ホーム。結果: D = 引き分け、 L = 敗戦、W = 勝利。

記録[編集]

  • 被ハットトリック
1st-第9節 浦和レッズ戦(新潟スタジアム)- エメルソン (3得点)
2nd-第12節 ガンバ大阪戦(万博記念競技場)- 大黒将志 (3得点)

Jリーグカップ[編集]

グループリーグB[編集]

順位 クラブ名 試合 得点 失点 勝点 備考
1 名古屋グランパスエイト 6 3 2 1 13 8 +5 11 決勝トーナメント進出
2 ガンバ大阪 6 2 2 2 12 12 0 8
3 アルビレックス新潟 6 1 3 2 7 9 -2 6
4 ジュビロ磐田 6 1 3 2 7 10 -3 6

記録[編集]

  • ハットトリック
グループリーグB第2節 ガンバ大阪戦(新潟スタジアム)- エジミウソン (3得点)

天皇杯[編集]

2004年11月13日
18:30
4回戦
アルビレックス新潟 2-3 湘南ベルマーレ
寺川能人 7分にゴール 7分
上野優作 61分にゴール 61分

所属選手と個人成績[編集]

No. ポジション 選手名 生年月日(年齢) Jリーグ Jリーグカップ
出場 得点 出場 得点
1 GK 日本の旗 木寺浩一 (1972-04-04)1972年4月4日(31歳) 11 0 0 0
2 DF 日本の旗 丸山良明 (1974-10-12)1974年10月12日(29歳) 19 0 1 0
3 DF ブラジルの旗 アンデルソン (1972-12-22)1972年12月22日(31歳) 12 0 3 0
4 DF 日本の旗 鈴木健太郎 (1980-06-02)1980年6月2日(23歳) 8 0 3 0
5 DF 日本の旗 梅山修 (1973-08-16)1973年8月16日(30歳) 7 0 4 0
6 MF 日本の旗 秋葉忠宏 (1975-10-13)1975年10月13日(28歳) 14 0 5 0
7 MF 日本の旗 栗原圭介 (1973-05-20)1973年5月20日(30歳) 11 0 4 0
8 MF 日本の旗 山口素弘 (1969-01-29)1969年1月29日(35歳) 29 2 5 0
9 MF ブラジルの旗 ファビーニョ (1973-06-26)1973年6月26日(30歳) 27 9 4 0
10 FW ブラジルの旗 エジミウソン (1982-09-15)1982年9月15日(21歳) 29 15 5 4
11 FW 日本の旗 上野優作 (1973-11-01)1973年11月1日(30歳) 30 5 6 0
13 MF 日本の旗 阿部敏之 (1974-08-01)1974年8月1日(29歳) 0 0 3 0
14 DF 日本の旗 高橋直樹 (1976-08-08)1976年8月8日(27歳) 6 1 3 0
15 MF 日本の旗 本間勲 (1981-04-19)1981年4月19日(22歳) 12 0 2 0
16 MF 日本の旗 寺川能人 (1974-09-06)1974年9月6日(29歳) 27 0 4 0
17 MF 日本の旗 安英学 (1978-10-25)1978年10月25日(25歳) 26 3 4 0
18 MF 日本の旗 鈴木慎吾 (1978-03-20)1978年3月20日(25歳) 30 5 5 2
19 DF 日本の旗 三田光 (1981-08-01)1981年8月1日(22歳) 10 0 1 0
20 MF 日本の旗 桑原裕義 (1971-10-02)1971年10月2日(32歳) 24 0 5 0
21 GK 日本の旗 野澤洋輔 (1979-11-09)1979年11月9日(24歳) 19 0 6 0
22 GK 日本の旗 北野貴之 (1982-10-04)1982年10月4日(21歳) 0 0 0 0
23 MF 日本の旗 深沢仁博 (1977-07-12)1977年7月12日(26歳) 7 1 1 0
24 FW 日本の旗 森田浩史 (1978-05-18)1978年5月18日(25歳) 3 1 1 1
25 MF 日本の旗 宮沢克行 (1976-09-15)1976年9月15日(27歳) 7 0 1 0
26 MF 日本の旗 栗原明洋 (1985-05-02)1985年5月2日(18歳) 0 0 0 0
27 DF 日本の旗 酒井悠基 (1985-06-28)1985年6月28日(18歳) 0 0 0 0
28 FW 日本の旗 船越優蔵 (1977-06-12)1977年6月12日(26歳) 4 0 3 0
29 DF 日本の旗 喜多靖 (1978-04-25)1978年4月25日(25歳) 17 0 1 0
31 FW ブラジルの旗 ホベルト (1985-12-19)1985年12月19日(18歳) 1 0 2 0
32 MF 日本の旗 平間智和 (1977-06-30)1977年6月30日(26歳) 1 0 0 0
33 DF 日本の旗 松尾直人 (1979-09-10)1979年9月10日(24歳) 11 1 2 0
34 FW ブラジルの旗 オゼアス (1971-05-14)1971年5月14日(32歳) 12 4 1 0
  • 出典: Jリーグ公式記録[1][2]

ユニフォーム[編集]

サプライヤーはアディダス。シャツはオレンジで、襟はなく肩に3本線、わき腹部分には青色のカッティングが加えられた。パンツは青。2ndは上下とも白。

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記
亀田製菓 亀田製菓
背中 B's INTERNATIONAL styles
全国農業協同組合連合会新潟県本部 新潟米
パンツ 新潟日報社 新潟日報

脚注[編集]

関連項目[編集]