2005年のアルビレックス新潟

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2005年のアルビレックス新潟
2005 シーズン
監督 日本の旗 反町康治
スタジアム 新潟スタジアム
J1 12位
天皇杯 5回戦
Jリーグカップ グループリーグA 3位
最多得点者 ブラジルの旗 エジミウソン (18点)
平均観客動員 40,114人
ホーム
アウェイ

この項では2005年のアルビレックス新潟について記述する。監督は前年に引き続き反町康治が務めた。

1999年から在籍していた秋葉忠宏徳島に、深澤仁博モントリオール・インパクトに、安英学名古屋に、栗原圭介神戸に、平間智和FCホリコシに、オゼアスブラジリエンセFCに、ホベルトがアトレチコ・デ・イビラマに移籍し、阿部敏之が退団、期限付き移籍加入していた松尾直人は移籍元に復帰した。

補強は、名古屋から海本慶治海本幸治郎岡山哲也、神戸から青野大介山形から中村幸聖を完全移籍で、鹿島から大谷昌司ADサンカエターノから元ブラジル代表アンデルソン・リマを期限付き移籍で獲得。また、諏訪雄大藤井大輔田中秀哉吉澤正悟河原和寿といった年代別日本代表を含む新卒選手も獲得した。

2005シーズンはシーズンを通して守備が安定せず厳しい戦いが続いたが、ベテラン選手やシーズン途中に磐田から期限付き移籍で獲得したMF菊地直哉ら守備陣のふんばりとファビーニョ、エジミウソン、アンデルソン・リマのブラジル人トリオを軸にした攻撃陣の奮闘もありJ1残留を果たし、最終的には11勝9分14敗(勝点42)の12位でリーグ戦を終えた。シーズン終了後、5年間にわたり指揮を執った反町康治監督が勇退した。

Jリーグ ディビジョン1[編集]

年間順位[編集]

順位 クラブ名 勝点 得点 失点 備考
1 ガンバ大阪 60 18 6 10 82 58 +24 ACL2006出場権
10 FC東京 47 11 14 9 43 40 +3
11 大分トリニータ 43 12 7 15 44 43 +1
12 アルビレックス新潟 42 11 9 14 47 62 -15
13 大宮アルディージャ 41 12 5 17 39 50 -11
14 名古屋グランパスエイト 39 10 9 15 43 49 -6
15 清水エスパルス 39 9 12 13 40 49 -9

節別動向[編集]

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34
開催地 A H A H A H A H A H A H A H A A H A H A H A H A H A H H A H A H A H
結果 L W L W D L L D D L D D L W L L W W W L D W L L L L D W D D W L W L
順位 18 9 14 6 8 13 13 14 17 14 14 15 15 14 14 15 14 11 9 11 12 8 11 11 11 13 13 13 13 12 12 14 12 12

最終更新日:2013年1月22日.
出典:Jリーグ”. 2013年1月22日閲覧。
開催地:A = アウェー、H = ホーム。結果: D = 引き分け、 L = 敗戦、W = 勝利。

記録[編集]

  • ハットトリック
第31節 ジュビロ磐田戦 (ヤマハスタジアム)- エジミウソン (3得点)

Jリーグカップ[編集]

グループリーグA[編集]

順位 クラブ名 勝点 得点 失点 備考
1 浦和レッズ 15 5 0 1 10 7 3 決勝トーナメント進出
2 大宮アルディージャ 10 3 1 2 9 6 3
3 アルビレックス新潟 10 3 1 2 7 5 2
4 ヴィッセル神戸 0 0 0 6 1 9 -8

天皇杯[編集]

2005年11月3日
13:00
4回戦
アルビレックス新潟 1-0 ザスパ草津

2005年12月10日
13:00
5回戦
ジュビロ磐田 2-1
(延長)
アルビレックス新潟

所属選手と個人成績[編集]

No. ポジション 選手名 生年月日(年齢) Jリーグ Jリーグカップ
出場 得点 出場 得点
1 GK 日本の旗 木寺浩一 (1972-04-04)1972年4月4日(32歳) 8 0 0 0
2 DF 日本の旗 丸山良明 (1974-10-12)1974年10月12日(30歳) 11 0 2 0
3 DF 日本の旗 萩村滋則 (1976-07-31)1976年7月31日(28歳) 28 0 6 0
4 DF 日本の旗 鈴木健太郎 (1980-06-02)1980年6月2日(24歳) 7 0 2 0
5 DF 日本の旗 梅山修 (1973-08-16)1973年8月16日(31歳) 15 0 0 0
6 MF 日本の旗 桑原裕義 (1971-10-02)1971年10月2日(33歳) 22 1 2 0
7 DF ブラジルの旗 アンデルソン・リマ (1973-03-18)1973年3月18日(31歳) 30 8 5 0
8 MF 日本の旗 山口素弘 (1969-01-29)1969年1月29日(36歳) 12 0 3 0
9 MF ブラジルの旗 ファビーニョ (1973-06-26)1973年6月26日(31歳) 26 8 5 2
10 FW ブラジルの旗 エジミウソン (1982-09-15)1982年9月15日(22歳) 33 18 6 4
11 FW 日本の旗 上野優作 (1973-11-01)1973年11月1日(31歳) 34 2 3 0
13 MF 日本の旗 宮沢克行 (1976-09-15)1976年9月15日(28歳) 2 0 1 0
14 DF 日本の旗 高橋直樹 (1976-08-08)1976年8月8日(28歳) 20 0 4 0
15 MF 日本の旗 本間勲 (1981-04-19)1981年4月19日(23歳) 28 0 3 0
16 MF 日本の旗 寺川能人 (1974-09-06)1974年9月6日(30歳) 31 0 5 1
17 DF 日本の旗 海本幸治郎 (1977-10-14)1977年10月14日(27歳) 6 0 5 0
18 MF 日本の旗 鈴木慎吾 (1978-03-20)1978年3月20日(26歳) 29 4 6 0
19 DF 日本の旗 海本慶治 (1972-11-26)1972年11月26日(32歳) 20 1 6 0
20 MF 日本の旗 岡山哲也 (1973-08-27)1973年8月27日(31歳) 12 0 5 0
21 GK 日本の旗 野澤洋輔 (1979-11-09)1979年11月9日(25歳) 26 0 6 0
22 GK 日本の旗 北野貴之 (1982-10-04)1982年10月4日(22歳) 0 0 0 0
23 MF 日本の旗 末岡龍二 (1979-05-22)1979年5月22日(25歳) 5 0 0 0
24 FW 日本の旗 中村幸聖 (1981-04-05)1981年4月5日(23歳) 0 0 0 0
25 MF 日本の旗 青野大介 (1979-09-19)1979年9月19日(25歳) 16 0 0 0
26 MF 日本の旗 大谷昌司 (1983-04-17)1983年4月17日(21歳) 0 0 0 0
27 FW 日本の旗 河原和寿 (1987-01-29)1987年1月29日(18歳) 0 0 1 0
28 FW 日本の旗 船越優蔵 (1977-06-12)1977年6月12日(27歳) 7 1 2 0
29 DF 日本の旗 喜多靖 (1978-04-25)1978年4月25日(26歳) 17 3 5 0
30 GK 日本の旗 諏訪雄大 (1986-05-05)1986年5月5日(18歳) 0 0 0 0
31 DF 日本の旗 藤井大輔 (1986-10-15)1986年10月15日(18歳) 5 0 0 0
32 DF 日本の旗 田中秀哉 (1986-06-25)1986年6月25日(18歳) 0 0 0 0
33 MF 日本の旗 吉澤正悟 (1986-07-26)1986年7月26日(18歳) 0 0 0 0
34 FW ブラジルの旗 ネット (1985-10-29)1985年10月29日(19歳) 1 0 0 0
35 MF 日本の旗 田中亜土夢 (1987-10-04)1987年10月4日(17歳) 2 0 0 0
36 MF 日本の旗 菊地直哉 (1984-11-24)1984年11月24日(20歳) 15 1 0 0
37 MF 日本の旗 千葉和彦 (1985-06-21)1985年6月21日(19歳) 0 0 0 0
39 FW ブラジルの旗 マルセウ (1987-08-24)1987年8月24日(17歳) 0 0 0 0
  • 出典: Jリーグ公式記録[1][2]

ユニフォーム[編集]

2003-2004と同じようにシャツがオレンジ、パンツが青色のデザイン。シャツの肩から脇にかけて白いラインが追加されトリコロールとなる。2ndは小さな襟がつく。

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記
亀田製菓 亀田製菓
背中 MSN MSN
全国農業協同組合連合会新潟県本部 新潟米
パンツ 新潟日報社 新潟日報

脚注[編集]

関連項目[編集]