2006年のアルビレックス新潟

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2006年のアルビレックス新潟
2006 シーズン
監督 日本の旗 鈴木淳
スタジアム 新潟スタジアム
J1 14位
天皇杯 5回戦
Jリーグカップ グループリーグC 3位
最多得点者 ブラジルの旗 エジミウソン (10点)
平均観客動員 38,709人
ホーム
アウェイ

この項では2006年のアルビレックス新潟について記述する。

  • チームスローガン:「新生~新潟に生きる~

世代交代を図るクラブの方針から、木寺浩一上野優作広島に、桑原裕義北九州に、萩村滋則東京Vに移籍、昨シーズン途中に横浜FCに期限付き移籍していた山口素弘が完全移籍に移行し、丸山良明が退団。高橋直樹が現役を引退し、多くのベテラン選手がチームから去ることになった。また、期限付き移籍加入していたアンデルソン・リマ菊地直哉は移籍元に復帰した。

新監督に、2005年まで山形の監督を務めていた鈴木淳が就任。補強は、若手を中心にから永田充矢野貴章京都から六車拓也仙台からシルビーニョ中原貴之を獲得し、筑波大学から中野洋司前橋育英高校から前年特別指定選手として帯同していた田中亜土夢が新加入した。

新体制の下で迎えた2006シーズンは組織的なサッカーを目指して戦ったが、リーグ戦第1節で川崎に0-6の大量失点で敗れたのを始め第14節からの4連敗では計9失点、第21節からの3連敗では計13失点、第32節からの3連敗でも計9失点を喫するなど守備が安定せず、最終順位も12勝6分16敗(勝点42)の14位と低迷したが、GK北野貴之、MF千葉和彦、MF松下年宏ら若手も試合経験を積み、ベテランが中心だった前年までに比べて世代交代が進んだ1年となった。

Jリーグ ディビジョン1[編集]

年間順位[編集]

順位 クラブ名 勝点 得点 失点 備考
1 浦和レッドダイヤモンズ 72 22 6 6 67 28 +39 ACL2007出場権
12 大宮アルディージャ 44 13 5 16 43 55 -12
13 FC東京 43 13 4 17 56 65 -9
14 アルビレックス新潟 42 12 6 16 46 65 -19
15 ヴァンフォーレ甲府 42 12 6 16 42 64 -22
16 アビスパ福岡 27 5 12 17 32 56 -24 J1・J2入れ替え戦
17 セレッソ大阪 27 6 9 19 44 70 -26 J2自動降格

節別動向[編集]

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34
開催地 A H A H A H A H A H A H H A H A H H A H A A A H A H H A H A H A A H
結果 L W W L L D W W L W D W W L L L W W W L D W L L L L D W D D W L W L
順位 18 10 5 7 11 13 9 6 8 8 9 6 4 7 9 10 11 9 11 11 12 12 14 11 10 10 9 10 10 9 8 11 12 14

最終更新日:2013年1月22日.
出典:Jリーグ”. 2013年1月22日閲覧。
開催地:A = アウェー、H = ホーム。結果: D = 引き分け、 L = 敗戦、W = 勝利。

記録[編集]

  • 被ハットトリック
第1節 川崎フロンターレ戦(等々力陸上競技場)- 我那覇和樹 (3得点)
第19節 浦和レッズ戦(埼玉スタジアム2002)- ワシントン (3得点)

Jリーグカップ[編集]

グループリーグA[編集]

順位 クラブ名 勝点 得点 失点 備考
1 ジェフユナイテッド市原・千葉 13 4 1 1 10 7 3 決勝トーナメント進出
2 清水エスパルス 8 2 2 2 8 8 0
3 アルビレックス新潟 6 1 3 2 7 8 -1
4 サンフレッチェ広島 5 1 2 3 7 9 -2

天皇杯[編集]

2006年11月4日 13:00
4回戦
アルビレックス新潟 2-0 徳島ヴォルティス
三田光 46分にゴール 46分
ファビーニョ 89分にゴール 89分

2006年12月9日 13:00
5回戦
コンサドーレ札幌 2-2 アルビレックス新潟
砂川誠 34分にゴール 34分51分にゴール 51分 エジミウソン 13分にゴール 13分
矢野貴章 83分にゴール 83分
  PK戦  
8-7

所属選手と個人成績[編集]

No. ポジション 選手名 生年月日(年齢) Jリーグ Jリーグカップ
出場 得点 出場 得点
1 GK 日本の旗 北野貴之 (1982-10-04)1982年10月4日(23歳) 24 0 4 0
2 DF 日本の旗 三田光 (1981-08-01)1981年8月1日(24歳) 24 1 4 0
3 MF 日本の旗 千葉和彦 (1985-06-21)1985年6月21日(20歳) 14 0 4 0
4 DF 日本の旗 鈴木健太郎 (1980-06-02)1980年6月2日(25歳) 0 0 4 0
5 DF 日本の旗 梅山修 (1973-08-16)1973年8月16日(32歳) 24 0 3 0
6 DF 日本の旗 永田充 (1983-04-06)1983年4月6日(22歳) 0 0 0 0
7 MF 日本の旗 青野大介 (1979-09-19)1979年9月19日(26歳) 0 0 1 0
8 MF ブラジルの旗 シルビーニョ (1977-01-17)1977年1月17日(29歳) 30 3 5 0
9 MF ブラジルの旗 ファビーニョ (1973-06-26)1973年6月26日(32歳) 23 4 4 0
10 FW ブラジルの旗 エジミウソン (1982-09-15)1982年9月15日(23歳) 25 10 1 2
11 FW 日本の旗 矢野貴章 (1984-04-05)1984年4月5日(21歳) 33 6 6 1
13 MF 日本の旗 宮沢克行 (1976-09-15)1976年9月15日(29歳) 4 0 5 0
14 FW 日本の旗 中原貴之 (1984-11-18)1984年11月18日(21歳) 15 2 5 1
15 MF 日本の旗 本間勲 (1981-04-19)1981年4月19日(24歳) 14 1 1 0
16 MF 日本の旗 寺川能人 (1974-09-06)1974年9月6日(31歳) 33 1 5 0
17 DF 日本の旗 海本幸治郎 (1977-10-14)1977年10月14日(28歳) 5 0 1 0
17 DF 日本の旗 内田潤 (1977-10-14)1977年10月14日(28歳) 14 1 0 0
18 MF 日本の旗 鈴木慎吾 (1978-03-20)1978年3月20日(27歳) 34 9 5 1
19 DF 日本の旗 海本慶治 (1972-11-26)1972年11月26日(33歳) 31 1 4 0
20 MF 日本の旗 岡山哲也 (1973-08-27)1973年8月27日(32歳) 16 0 6 1
21 GK 日本の旗 野澤洋輔 (1979-11-09)1979年11月9日(26歳) 10 0 2 0
23 MF 日本の旗 大谷昌司 (1983-04-17)1983年4月17日(22歳) 0 0 0 0
24 FW 日本の旗 中村幸聖 (1981-04-05)1981年4月5日(24歳) 0 0 0 0
25 MF 日本の旗 栗原明洋 (1985-05-02)1985年5月2日(20歳) 0 0 0 0
26 DF 日本の旗 中野洋司 (1983-10-23)1983年10月23日(22歳) 25 0 6 0
27 FW 日本の旗 河原和寿 (1987-01-29)1987年1月29日(19歳) 5 1 0 0
28 FW 日本の旗 船越優蔵 (1977-06-12)1977年6月12日(28歳) 4 0 0 0
29 DF 日本の旗 喜多靖 (1978-04-25)1978年4月25日(27歳) 11 0 0 0
30 GK 日本の旗 諏訪雄大 (1986-05-05)1986年5月5日(19歳) 0 0 0 0
31 DF 日本の旗 藤井大輔 (1986-10-15)1986年10月15日(19歳) 6 0 4 0
32 MF 日本の旗 田中亜土夢 (1987-10-04)1987年10月4日(18歳) 22 1 4 1
33 DF 日本の旗 酒井悠基 (1985-06-28)1985年6月28日(20歳) 0 0 0 0
34 MF 日本の旗 六車拓也 (1984-06-13)1984年6月13日(21歳) 2 0 1 0
35 MF 日本の旗 松下年宏 (1983-10-17)1983年10月17日(22歳) 19 3 0 0
  • 出典: Jリーグ公式記録[1][2]

ユニフォーム[編集]

2003-2004と同じようにシャツがオレンジ、パンツが青色のデザイン。シャツの肩から脇にかけて白いラインが追加されトリコロールとなる。2ndは小さな襟がつく。

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記
亀田製菓 亀田製菓
背中 MSN MSN
全国農業協同組合連合会新潟県本部 新潟米
パンツ 新潟日報社 新潟日報

脚注[編集]

関連項目[編集]