2020年東京オリンピックのレガシー
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2020年東京オリンピック・レガシー(2020ねん とうきょう オリンピック・レガシー)は、2020年に東京都を中心に開催される第32回夏季オリンピックおよび第16回パラリンピック競技大会後に残る有形無形のレガシー、すなわち「社会的遺産」(ソーシャル・キャピタル)・文化的財・環境財のこと。
定約と指標[編集]
国際オリンピック委員会(IOC)が2002年にオリンピック憲章に「To promote a positive legacy from the Olympic Games to the host cities and countries(オリンピックの開催都市ならびに開催国に遺産を残すことを推進する)」と書き加えたことによる。
その意図するところは、オリンピック開催に伴い整備したインフラストラクチャーを無駄にすることなく(物理的意義)、オリンピックを体感した若い世代の豊かな人間性の醸成を促す(精神的意義)ことにある。
具体的には、IOCが2013年に発表した『Olympic Legacy Booklet』という冊子[1] に指針として記載されている。
- Spoting Legacy(スポーツ・レガシー):Sporting venues(競技施設)、A boost to sport(スポーツの振興)
- Social Legacy(社会レガシー):A place in the world(世界の地域)、Excellence, friendship and respect(友好と尊崇)、Inclusion and Cooperation(包括と協力)
- Environmental Legacy(環境レガシー):Urban revitalisation(都市の再活性化)、New energy sources(新エネルギー)
- Urban Legacy(都市レガシー):A new look(新たな景観)、On the move(交通基盤)
- Economic Legacy(経済レガシー):Increased Economic Activity(経済成長)
参考助言[編集]
ロンドン五輪大会関係者の談として、「有形無形の社会変化(レガシー)は大会時に突然生まれるものではない。事前にどれだけ人々の関心や機運を高め、機会を最大限生かすかで、その成果は大きく変わってくる」としている[2]。
東京の対応[編集]
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会によると、
- 大会終了後に競技会場をスポーツ・エンターテインメント施設、選手村の跡地を文化・教育関連の拠点とする「物理的レガシー」
- 市民の間でスポーツをより身近なものにして、健康的なライフスタイルを促進させる「スポーツのレガシー」
- 2020年までに東京に新たな緑地を創出し、100万本の植樹を通して環境に配慮した町づくりを推進する「重要な社会的及び環境関連の持続可能なレガシー」
の三本柱を掲げ、加えて「復興・オールジャパン・世界への発信」も目的としている[3]。
また、都のオリンピック・パラリンピック準備局が策定した「大会後のレガシーを見据えて」では、
- 競技施設や選手村のレガシーを都民の貴重な財産として未来に引き継ぐ
- 大会を機にスポーツが日常生活にとけ込み、誰もが生き生きと豊かに暮らせる東京を実現
- 都民とともに大会を創りあげ、かけがえのない感動と記憶を残す
- 大会を文化の祭典としても成功させ、「世界一の文化都市東京」を実現する
- オリンピック・パラリンピック教育を通じた人材育成と、多様性を尊重する共生社会づくりを進める
- 環境に配慮した持続可能な大会を通じて豊かな都市環境を次世代に引き継ぐ
- 大会による経済効果を最大限に生かし、東京そして日本の経済を活性化させる
- 被災地との絆を次代に引き継ぎ、大会を通じて世界の人々に感謝を伝える
とする。[4]
こうしたことから「多様性と調和」をテーマに、LGBTへの偏見・差別解消、パラリンピックによってバリアフリーの浸透やノーマライゼーションが広まることも期待されている[5][補 1]。
具現化するレガシー[編集]
- 東京都は国土交通省などとともに2019年度までに東京の都市としての歴史と自動運転車や水素タウンといった近未来社会を先取る先端技術を東京の魅力として発信するPR展示施設を開設する[6]。
- 食の安全を世界にアピールすべく食品衛生の管理を厳格化しHACCP導入を義務化することで、福島第一原子力発電所事故による風評被害を払拭し復興に貢献する[7]。
- IOCが定めるオリンピック病を中心に外国人受け入れのためタブレット[要曖昧さ回避]問診や多言語通訳機材の導入が始まり、東京に暮らす外国人の医療分野における利便性が向上し、医療観光の促進にも結び付けられる。
- 国際オリンピック委員会が「タバコのない五輪」を掲げ、世界保健機関によるたばこ規制枠組み条約をうけ、厚生労働省が受動喫煙の被害防止を目指し、禁煙・分煙の強化を推進する[8]。
- 都市景観向上の観点から電線類地中化を小池都知事が推進しており[9]、無電柱化推進法の可決も後押しとなる。
- パラリンピック開催に伴い障害者文化の社会浸透を目指し、障害者芸術普及目的でアールブリュット(エイブル・アート)を支援すべく超党派による議員連盟が障害者文化芸術活動推進法の成立を目指している[10]。
連動する観光立国政策[編集]
- 観光立国を目指しオリンピックまでに訪日外国人旅行を2000万人にし、それを維持することで景気・経済の維持を図る[補 2]。その一環として宿泊施設不足を解消すべく民泊が裁可され、ホテルの容積率を1.5倍もしくは300%まで上乗せすることを認め[11]、統合型リゾートも推進される。また、オリンピックまでに国立公園への外国人旅行者を1000万人誘致することを目標とする[12]。
↳国立公園の活用については遺産の商品化#自然の商品化も参照 - 利用客の増加を見込み羽田空港の第2ターミナルを改修し、国内線のみならず国際線の発着も可能にする[13]。
- 訪日外国人旅行者向けに地下鉄に無料のWi-Fiを提供し、随時日本人も利用できるようにする。
- 日本らしさを讃える地方の景観を五輪レガシーと位置づけ、景観整備(修景)や広報を政府として支援し、1.5流の観光地を一流の国際的名所に育てる「観光景観モデル地区」を国土交通省が推進する[14]。
- 和式トイレに不慣れな外国人旅行者のため公衆トイレの洋式化を観光庁が推進・補助する[15]。
こうしたレガシー構想が実現することにより、約27兆円の経済効果が得られると都は試算する[16]。
廃止されたレガシー[編集]
ザハ・ハディッドによる国立競技場建設の白紙撤回により、予定していた併設するレガシー機能が失われることになった[17]。
負のレガシー[編集]
オリンピック需要を見越してホテルの新築・建て替えが都内随所で進行しているが、それに伴い日本の伝統美をちりばめたホテルオークラのロビーが解体されることを都市環境破壊の典型例として、オリンピックがもたらす負の効果であるとされる[18]。
訪日外国人旅行者の増加に伴う観光公害が懸念される。
オリンピックにおけるテロを警戒する日本国政府は犯罪を未然に防ぐ名目で国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約批准のため共謀罪(テロ等準備罪)の成立を目指すが、監視社会に繋がることが危惧される[19]。
過去のレガシー[編集]
オリンピックレガシーの実例としては、2012年のロンドンオリンピックが詳細な成果を報告している。
→英語版ウィキペディアのLegacy of the 2012 Summer Olympics(2012年夏季オリンピックの遺産)参照
1964年東京オリンピックでは、東海道新幹線や首都高速道路の整備、ホテルの開業に合わせた工期短縮目的で開発されたユニットバス、選手村での食事提供に用いられた冷凍食品、衛星放送の実現とカラーテレビ、ピクトグラムの普及などがレガシーとして現在に受け継がれている。
また、国立代々木競技場・東京体育館・日本武道館・馬事公苑など前東京オリンピックで用いられた競技施設を2020年のオリンピックで再利用することになり、これらがある山の手側を「ヘリテッジ(遺産)ゾーン」と呼ぶ。加えて国立代々木競技場を世界遺産に登録しようという建築家らによる運動も始まった[20]。
1940年に開催予定で中止となった東京オリンピックでは、新幹線(山陽新幹線路線含む)の前身となる弾丸列車計画とそれに伴う対馬海峡・朝鮮海峡下を掘削する日韓トンネル計画が練られ、そこで蓄積された研究成果は戦後の高速鉄道や水底トンネル技術に活かされた。
1998年の長野オリンピックでも長野新幹線の開通がある一方で、負のレガシーとして滑降競技場設営問題のような環境破壊につながる事象もみられた。
過去のレガシー回顧展[編集]
羽田空港(第2旅客ターミナル・ディスカバリーミュージアム)において、「1964年から2020年東京オリンピック・パラリンピックへ―未来をつなぐレガシー展」を四期にわたり開催。2016年7月20日~9月25日まで「Tokyo 1964の変革」、10月8日~12月4日まで「2016年リオの感動」、12月17日~2017年3月5日まで「アスリートたちの挑戦…伝える、つなぐ」、3月18日~6月25日まで「もっと知りたいパラリンピック」。さらに2018年も4月20日~6月24日に前東京オリンピックの資料を展示公開する。
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ Olympic legacy booklet (PDF) - IOC
- ^ 読売新聞 2016年11月1日
- ^ ビジョン、レガシー及びコミュニケーション - 東京都 (PDF)
- ^ 『広報 東京都』平成28年2月号
- ^ "パラリンピック"は何を残すか-人口減少・超高齢社会に向けた"レガシー"の創造を! ニッセイ基礎研究所 2015年4月22日(ハフィントン・ポスト)
- ^ 五輪に向け東京のPR施設…19年度までに開館 YOMIURI ONLINE(読売新聞)2015年12月26日
- ^ 食の安全に「国際標準」導入を義務化へ…厚労省 YOMIURI ONLINE(読売新聞)2016年1月13日
- ^ 読売新聞 2016年10月22日 社説
- ^ 東京の「無電柱化」、推進へ素案急ぐ 小池氏公約 朝日新聞デジタル(朝日新聞)2016年12月1日
- ^ 読売新聞 2016年11月30日
- ^ 読売新聞 2016年6月11日夕刊
- ^ 国立公園 訪日客カモン 環境省、20年に倍増1000万人へ 日本経済新聞2016年3月19日
- ^ 羽田空港 2020年に向け大規模な改修へ NHKWEB NEWS 2017年1月7日
- ^ 読売新聞 2016年10月29日夕刊
- ^ 読売新聞 2017年1月25日夕刊
- ^ 五輪経済効果は32兆円=大会後のレガシー効果も―都試算 時事通信(Yahoo!ニュース)2017年3月6日
- ^ 読売新聞 2015年9月11日
- ^ Capital Crimes-The Economist
- ^ 安倍政権 「共謀罪」大義に東京五輪を“政治利用”の姑息 日刊ゲンダイ2017年1月6日
- ^ 代々木競技場を世界遺産に 推進団体結成「永久に残したい近代建築」 産経新聞 2016年10月6日