21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド
21st Century Schizoid Band
出身地 イングランドの旗 イングランド
ジャンル プログレッシブ・ロック
ジャズ・ロック
シンフォニック・ロック
活動期間 2002年 - 2004年
レーベル Iceni Records
共同作業者 キング・クリムゾン
旧メンバー イアン・マクドナルド
メル・コリンズ
ピーター・ジャイルズ
ジャッコ・ジャクジク
マイケル・ジャイルズ
イアン・ウォーレス

21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド21st Century Schizoid Band、トウェンティ・ファースト・センチュリー・スキッツォイド・バンド)は、イングランド出身のトリビュートバンド

プログレッシブ・ロックバンドキング・クリムゾン」の元メンバーで構成されたグループで、同バンド初期のカバー曲を中心にライブを展開した。

概要・略歴[編集]

2002年に結成。バンド名は、キング・クリムゾンのデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』収録の楽曲「21世紀のスキッツォイド・マン(21st Century Schizoid Man)」に由来している。名付け親は、キング・クリムゾンを主宰するロバート・フリップ[1]

最初のメンバーは、サックス、フルートとキーボードのメル・コリンズ、ドラムのマイケル・ジャイルズ、ベースのピーター・ジャイルズ、フルートとキーボード、アルト・サックスのイアン・マクドナルド、ギターとボーカルのジャッコ・ジャクジク。ジャクジクを除くすべてのメンバーが、初期キング・クリムゾンのメンバーだった。同時期にクリムゾンのメンバーであったイアン・ウォーレスは、2003年初頭にマイケル・ジャイルズの代わりに日本ツアーを行い、そのまま2003年 - 2004年のワールド・ツアーにも参加した。

このバンドはキング・クリムゾンの最初の4枚のアルバムや、アルバム『マクドナルド・アンド・ジャイルズ』をはじめとするバンド・メンバーのバック・カタログからの作品によって構成されたセットをライブ演奏した。彼らは4枚のアルバムをリリースしており、ほとんどが昔のナンバーをライブ演奏したものだったが、新曲も含まれた。イアン・マクドナルドの「Let There Be Light」(彼のソロ・アルバム『ドライヴァーズ・アイズ』収録)や、ジャクジクによるインスト・ナンバー「Catley's Ashes」、後に彼のソロ・アルバム『ロマンティック・グリー・クラブ』(2006年)に収録された曲などである。

さまざまな国に拠点を置くメンバー同士で一緒にツアーするのが、論理的かつ経済的に困難だということもあり、バンドは2004年以来活動していない。2005年にフェスティバル公演での演奏依頼があり、おそらく別の仕事が入っていたウォーレスに代わってガイ・エヴァンス(ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター)をドラムに迎えた編成による再結成の可能性があったが、そのアイデアは実現しなかった。2007年2月にウォーレスが亡くなり、バンドの蓋は閉ざされてしまったようだ。

後年にジャクジクとコリンズは、ロバート・フリップとの連名(別名:ア・キング・クリムゾン・プロジェクトトニー・レヴィンとギャヴィン・ハリソンのリズム隊がサポート)で、アルバム『ア・スケアシティ・オブ・ミラクルズ』を2011年に発表した。2013年、この5人全員に2人の追加メンバーを含むラインナップで、新しいキング・クリムゾンが編成された[2]

歴代メンバー[編集]

ディスコグラフィ[編集]

ライブ・アルバム[編集]

  • 『オフィシャル・ブートレグ Vol.1』 - Official Bootleg V.1 (2002年)
  • 『ライヴ・イン・ジャパン 2002』 - Live in Japan (2003年) ※CD+DVD
  • 『ライヴ・イン・イタリー』 - Live in Italy (2003年)
  • 『ピクチャー・オブ・ア・シティー ライヴ・イン・ニュー・ヨーク』 - Pictures of a City – Live in New York (2006年)

脚注[編集]

  1. ^ キング・クリムゾン50周年記者会見で明らかになった15の事実”. Rolling Stone (2019年5月6日). 2019年7月8日閲覧。
  2. ^ キング・クリムゾン来日中、ジャッコとメル・コリンズのインタビューが実現!”. rockin'on (2018年12月4日). 2019年7月8日閲覧。

関連項目[編集]