AWF世界女子王座

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AWF世界女子王座(エー・ダブリュー・エフ・せかいじょしおうざ)は、女子プロレスのタイトルである。

歴史[編集]

AWFはAmerican Wrestling Federationの略。ベルトの色は赤。

1996年に創設され、ルナ・バションが初代王座を獲得。

1997年、バションはベルトとともに来日して、I.W.A.JAPAN元川恵美(現:さくらえみ)と防衛戦を行い、元川が奪取に成功。

その後、元川はIジャのリングで防衛を重ねたが、1999年、吉本女子プロレスJd'において小杉夕子がそれを奪取。以来Jd'に定着。

2000年末、藪下めぐみによってクイーン・オブ・ザ・リング王座と統一。しかし、2002年にザ・ブラディーが王座返上してからは再び別々の王座に分かれた。

2002年4月のIジャ興行においてフリーとして同団体にレギュラー参戦していた三田英津子が奪取し、Jd'から離れNEO女子プロレスに定着した。

2004年7月21日のIジャ興行でジャガー横田が獲得した後、長いこと防衛戦は行われなかったが、2010年に横田がベルトを返上した上で7月11日のIWAにて6年ぶりの王座戦を行うと表明。横田を含めた7人によるラダーマッチを制したミス・モンゴルが王座を獲得した。

モンゴルのタイトル返上により空位とされ、ベルトは事務所に保管されていたが紛失してしまい、それが骨董市で売られていたのを元王者のさくらえみが発見し、買い戻した[1]。そして2013年6月1日の新宿FACE大会で3年ぶりの王座戦としてさくらと河童小町(UMA軍団の河童小僧が「即席性転換」)の間で王座決定戦が行われることが決まった[2]。これに勝利したさくらが14年ぶり王座復帰となった。その後はさくらがプロレスリング我闘雲舞の興行で防衛戦を行った後、ともに空位になっていたIWA世界ヘビー級王座IWA世界ジュニアヘビー級王座との統一戦をぶち上げ[3]、11月16日の新宿FACE大会で行われた三冠戦で勝利したさくらにより統一され、現在はIWA三冠統一王座を構成するベルトのひとつとなっている。

歴代王者[編集]

歴代 レスラー 戴冠回数 獲得日付 獲得した場所
(対戦相手・その他)
初代 ルナ・バション 1 1996年
第2代 元川恵美 1 1997年8月13日 北沢タウンホール
第3代 小杉夕子 1 1999年3月19日 後楽園ホール
第4代 藪下めぐみ 1 1999年8月22日 川崎市体育館
第5代 ザ・ブラディー 1 1999年10月6日 川崎市体育館
第6代 田村欣子 1 1999年12月7日 北沢タウンホール
第7代 ザ・ブラディー 2 2000年1月10日 後楽園ホール
2000年5月3日、王座返上
第8代 小杉夕子 2 2000年5月3日 東京
5人LSD 2000ルール
引退のため2000年8月、王座返上
第9代 ドレイク森松 1 2000年8月27日 ディファ有明
4人LSD 2000ルール
第10代 藪下めぐみ 2 2000年11月28日 東京
第11代 坂井澄江 1 2001年3月18日 後楽園ホール
第12代 ザ・ブラディー 3 2001年4月29日 東京
第13代 ファング鈴木 1 2001年12月15日 東京
ザ・ブラディー、坂井澄江との3WAY
試合後、王座返上
第14代 ザ・ブラディー 4 2001年12月29日 東京
ファング鈴木
負傷のため2002年1月、王座返上
第15代 坂井澄江 2 2002年1月27日 東京
ファング鈴木、KAZUKI阿部幸江との4WAY金網デスマッチ
第16代 三田英津子 1 2002年4月26日 後楽園ホール
第17代 元気美佐恵 1 2003年5月5日 後楽園ホール
第18代 タニー・マウス 1 2004年6月26日 赤塚公会堂
第19代 ジャガー横田 1 2004年07月21日 後楽園ホール
2010年7月11日、王座返上
第20代 ミス・モンゴル 1 2010年7月11日 新宿FACE
7人参加ラダー・マッチ
王座返上
第21代 さくらえみ 2 2013年6月1日 新宿FACE
河童小町
三冠統一

脚注[編集]