al.ni.co

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al.ni.co
出身地 日本の旗 日本
ジャンル オルタナティヴ・ロック[要出典]
グランジ[要出典]
活動期間 1997年 - 2001年
レーベル ユニバーサルJ
メンバー 上杉昇ボーカル
柴崎浩ギター

al.ni.co(アルニコ)とは、日本の音楽ユニットである。1997年11月に結成され、1998年3月にデビュー。2001年に解散。

メンバー[編集]

上杉昇(うえすぎ しょう)- SHOW WESUGI
ボーカル作詞作曲担当。神奈川県横須賀出身。
柴崎浩(しばさき ひろし)- HIROSHI SHIBASAKI
ギター編曲、作曲担当。東京都荒川区出身。

経歴[編集]

1997年11月、音楽性の相違を理由にWANDSから脱退[1]した、ボーカルの上杉昇とギターの柴崎浩により結成。WANDS時代のビーイング社を離れてユニバーサルJに所属し、1998年3月21日、シングル「TOY$!」でデビュー。1998年後半から1999年にかけて2ndシングル「晴れた終わり」、3rd「カナリア」、1stアルバム『セイレン』をリリースし、ライヴツアー「al.ni.co LIVE 1999 #1」(全国6ヵ所8公演)を実施するなどの活動を行うも、2001年、柴崎が「自分の音楽をやりたい」という意思を表明。それに対し上杉は、かつてのWANDS脱退を決意した過去の不自由な自分の姿を重ね、ユニットの解散を決断したという。以後、上杉はソロ活動を経て猫騙(2006年)に、柴崎はabingdon boys school(2005年)にそれぞれ所属。

特徴[編集]

元々上杉はWANDSを一人で脱退しソロ活動を開始する予定だったが、上杉のいないWANDSに興味を示さなくなった柴崎も脱退を決意し、二人でal.ni.coを結成することとなった。WANDS脱退当初はユニットを組む予定もなかったが、自身のソロ活動に向けて曲を作り続けていた上杉がアレンジを柴崎に頼み、柴崎が引き受けて手伝いをしていたことから結成へと至った[2][3]

WANDS時代は織田哲郎栗林誠一郎など作曲家が制作した楽曲を主にリリースされてきたが、al.ni.coでは、大半の楽曲において作詞・作曲を上杉昇、サウンドプロデュースを柴崎浩が担当[4]

上杉は、楽曲制作にあたり、周りの人達や聴いてくれる人が離れたとしても自分のやりたいことを貫くかその逆かを悩んだが、WANDSをやめた理由が自分が表現したいことができなかったからなので前者を選んだ[5]。また、WANDSで自分のやりたい音楽を表現できたのならWANDSで活動を続けていたかもしれないということも発言している[6]

「al.ni.co」というユニット名は、エレキギターのピックアップに主に用いられるアルニコ磁石から取ったものである。「アルニコ」というなじみの無い斬新な響きに音楽性が象徴されていることから、その名がつけられたようである[7]。ロゴマークとして「」(アットマーク)が使用されていた。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル
c/w
楽曲制作 オリコンチャート
最高順位
1st 1998年3月21日 TOY$!
無意味な黄色〜ミーニングレス・イエロー
雨音(EXPANDED DEMO TRACK)
作詞・作曲:上杉昇/編曲・プロデュース:柴崎浩
作詞・作曲:上杉昇/編曲・プロデュース:柴崎浩
作詞・作曲・編曲・プロデュース:上杉昇
15位
  • デモ音源のままリリースされた「雨音」は、ライヴにて完成型が披露されるがCD化はされなかった。
  • 後に上杉のソロアルバム『Blackout in the Galaxy』に再録して収録された。
  • #2、#3はアルバム『セイレン』未収録。
2nd 1998年11月11日 晴れた終わり
Providence of nature
不変のうた
作詞・作曲:上杉昇/編曲・プロデュース:柴崎浩
作詞・作曲:上杉昇/編曲:鈴木ミチアキ/プロデュース:al.ni.co
作詞・作曲・編曲:上杉昇
15位
  • #2、#3は、アルバム『セイレン』未収録。
3rd 1999年1月21日 カナリア
Prayer
あした
作詞・作曲:上杉昇/編曲:柴崎浩
作詞:上杉昇/作曲・編曲:柴崎浩
作詞・作曲:上杉昇
19位
  • 「カナリア」は「ミズノ」のCMソングとしてタイアップされた。
  • 「Player」はal.ni.coで唯一柴崎が作曲を手掛けた。
  • アルバム『セイレン』には、#1はアルバムバージョンで収録。#3は未収録。

アルバム[編集]

発売日 タイトル オリコンチャート
最高位
備考
1999年3月3日 セイレン 14位

ライヴ[編集]

al.ni.co LIVE 1999 #1[編集]

  • 1999年2月17日 渋谷クラブクアトロ
  • 1999年3月21日 札幌ペニーレーン24
  • 1999年3月31日 福岡ドラムロゴス
  • 1999年4月2日 名古屋クラブクアトロ
  • 1999年4月9日・10日 梅田ヒートビート (4月9日は上杉が体調不良で4月30日に公演延期)
  • 1999年4月16日・17日 赤坂BLITZ
  • 1999年4月30日 梅田ヒートビート (4月9日の振替公演)

脚注[編集]

  1. ^ al.ni.coとして出演した[いつ?]真夜中の王国』 (NHK-BS) では、一般の人が持つWANDSというイメージと自分達が志すWANDSにギャップが生じ、ファンに対しても自分に対しても、お互いがフェアなのが脱退だと決め、脱退を決断したと語っている[出典無効]
  2. ^ 雑誌『B-PASS』1998年3月号より[要ページ番号]
  3. ^ 雑誌『uv』(ソニーマガジンズ)1998年4月号より[要ページ番号]
  4. ^ アルバム、カップリングで作曲を多数手掛けてきたWANDS時代の柴崎とは違い、al.ni.coでは作曲作品は、シングル「カナリア」の収録曲「Prayer」の1曲のみで、上杉の志す音楽の補助的な役割だった。
  5. ^ オフィシャルファンクラブ「Flower Company」会報#4
  6. ^ 『真夜中の王国』 (NHK-BS) にて[いつ?][出典無効]
  7. ^ 朝日新聞(1999年[いつ?])掲載のインタビュー[要ページ番号]