Apex

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Apex株式会社
APEX co.,Ltd
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
192-0362
東京都八王子市松木9-1
設立 2007年4月
業種 輸送用機器
法人番号 5021001017233
事業内容 自動車部品の開発、製造および販売
代表者 代表取締役社長 中西 暁
資本金 1,175万円
従業員数 23名
主要子会社 APEX Integration, Inc.
APEX PAC Co.Pte,ltd
関係する人物 長谷川勇
外部リンク http://www.apexi.co.jp/
http://www.apexi.co.jp/ev/
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Apex株式会社(アペックス)は、日本自動車チューニングパーツメーカー。本社は、東京都八王子市松木。自動車パーツブランド表記はA'PEXi

概要[編集]

「株式会社アペックス」は、1992年4月1日創業。資本金は4億1417万8千円。

創業者である長谷川勇は、かつては自動車用チューニングパーツメーカーとして知られるエッチ・ケー・エスを、実兄である長谷川浩之と共同経営していた。 しかし、兄弟間の会社運営に対する方針の相違により、一部の同社社員と共に「株式会社アペックス」を神奈川県厚木市に設立。自動車用マフラーの開発・製造から事業を開始した。

自動車用チューニング部品専業であったが、後にディーゼル環境事業を設立し、2005年1月5日に「株式会社アペックス」から「アペクセラ株式会社」に改称した(資本参入した海外企業の社名とシャッフルしたリネームであったと言われる)。

しかし、経営の多角化が徒となり次第に業績が悪化し、事実上の倒産に至る。 2007年2月に約53億円の負債を抱え民事再生法の適用を受け[1]、同年12月1日から自動車パーツ部門の業務譲渡を受けたApex株式会社が別組織として発足した。 ディーゼル環境部門は株式会社ESRに譲渡された。倒産に至った創業会社は、破産管財人に委ねられ清算された。

特徴[編集]

古参として有名なHKSの元エンジニアが創業当時多数在籍していた背景から、高い技術のチューニングパーツメーカーとして知られ、マフラー(スーパーメガホン・N1マフラー)、車高調(N1ダンパー)、ECU(パワーFC。初めて車種ごとの基礎データを入力しその後のセッティングを簡易化させた)等のパーツ、ガスケットやターボチャーチャー等のエンジンチューニングに関する物が知られている。「株式会社アペックス」時代には、ブレーキ系パーツも手掛けており、ブレーキローター(スーパーブレーキローター等)やブレーキパッド(N1ブレーキパッド等)も商品展開されていた。

環境問題や合法性が問われる時代に入り、対策品をいち早く開発することでも知られており、車内から排気音を調整できるECVやスポーツ触媒、排圧感応式のアクティブサイレンサー等が発売された。

アペクセラ時代には、自動車関連事業への依存から脱却するために、住宅セキュリティーの分野も手がけていた。[2]

レース活動[編集]

D1グランプリ開始時から参戦していた古参であったが、多角経営での収益が圧迫し会社の業績が悪化した為2006年に撤退した。ドライバーは今村陽一。車種は初年度がトヨタ・アルテッツァ(SXE10)。翌年からマツダ・RX-7(FD3S)。初年度は成績が低迷したが、翌年マシンチェンジをしてから成績が上がり、2003年にシリーズ優勝、翌年準優勝を記録している。SUPER GT(旧:全日本GT選手権)には1998年からトヨタ・MR2で参戦(当時アペックスのレーシング部門であった現在のaprが担当)。翌年クラス優勝を飾り2000年からオートバックスと手をとりトヨタ・MR-Sにスイッチした。

脚注[編集]

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